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第10話:特別講師『トイレの花子さん』 ~サヨナラ、ママの操り人形~

第10話:特別講師『トイレの花子さん』 ~サヨナラ、ママの操り人形~

 卒業検定を目前に控えた俺たちは、最終調整のために「旧校舎」の3階にある女子トイレの前に立たされていた。

「おい、ここってまさか……」 「ああ。出るぞ、レジェンドが」

 俺とブッコミがゴクリと唾を飲む。  ここには、幽霊界で知らぬ者はいない伝説の教官がいる。

「……入るぞ」

 先頭のエリートが、3番目の個室のドアをノックした。  コン、コン、コン。

「花子さん、いらっしゃいますか」

 ギィィィ……。  重々しい音と共にドアが開き、中からおかっぱ頭の少女が現れた。  赤い吊りスカート。白いブラウス。昭和から語り継がれる怪談の女王。

「……遅いッ!!」

 ドガァッ!!  花子さんの回し蹴りがエリートの鳩尾(みぞおち)に入った。

「ぐふぅッ!?」 「貴様らが『地縛予備軍』か! 整列! 背筋を伸ばせ! 足は浮かすな!」

 花子さんは、可愛らしい見た目に反して、声も性格も完全に『鬼軍曹』だった。

「いいか、私はお前らの担任のように甘くはない! ここでの特訓はシンプルだ。今からこの校舎にやってくる『肝試し客』を、私の許可が出るまでビビらせ続けろ! できなければ便器に流すぞ!」

 ひええ、と俺たちが縮み上がった時だった。  校舎の外が騒がしくなった。

「……来たようだな。今日のターゲットだ」

 窓から覗くと、テレビ局のロケバスが停まっていた。  降りてきたのは、派手なブランド服に身を包んだヒステリックそうな女性と、数名のスタッフ。

「……あ」

 隣にいたみーちゃんが、小さく息を飲んだ。  彼女のクマのぬいぐるみが、手から滑り落ちる。

「……ママ?」

 そこにいたのは、みーちゃんの実の母親だった。  みーちゃんを過労死寸前まで働かせた、噂のステージママだ。

 ***

 ロケ隊が校舎に入ってくる。  どうやら「天才子役・愛川ミミが亡くなった廃校(※設定)」というテイで、母親が悲劇のヒロインを演じる番組らしい。

『ええ……あの子はここで、最後まで女優として頑張って……うっうっ』

 カメラの前で嘘泣きをする母親。  カットの声がかかった瞬間、彼女は真顔に戻り、スタッフに怒鳴り散らした。

『ちょっと! 照明が暗いのよ! 私の肌が綺麗に映らないじゃない!』 『す、すみません!』

 ……最低だ。  娘の死すら、自分の売名に使おうとしている。

「みーちゃん、行けるか?」

 俺が声をかけると、みーちゃんはガタガタと震えていた。

「むり……できない……」 「え?」 「みーちゃん、ママに怒られるの怖い……。『ちゃんと笑いなさい』って、『もっと可愛くしなさい』って……また怒られる……」

 彼女は耳を塞いでうずくまってしまった。  生前のトラウマだ。彼女にとって母親は、愛する対象であると同時に、逆らえない支配者なのだ。

「甘ったれるなァ!!」

 花子さんの怒声が響いた。  花子さんは、うずくまるみーちゃんの胸ぐら(霊体)を掴み上げた。

「貴様はまだ『いい子』の演技を続けるつもりか!? 死んでまで親の顔色を伺って、操り人形のまま消滅したいのか!」 「で、でもぉ……!」 「化けて出ろ! 幽霊の特権を使え! 生きてる時は言えなかった本音を、恐怖に変えてぶつけてやれ!」

 花子さんはみーちゃんを突き放し、廊下を指差した。

「行け。母親を『親』としてではなく、『ターゲット』として見ろ。……卒業試験だ」

 みーちゃんは涙を拭い、ふらりと立ち上がった。  その目から、いつもの「あざとい光」が消えていた。

 ***

 廊下では、母親が一人で「思い出の場所」を巡るシーンを撮影していた。

『ミミ……聞こえる? ママよ。出てきてちょうだい……』

 母親が演技たっぷりに呼びかける。  その時。

 バリーン!!

 廊下の窓ガラスが、一斉にひび割れた。  照明が点滅し、赤黒い光に変わる。

『キャッ!? な、なによ! 演出!? 聞いてないわよ!』 「演出じゃねえよ……」

 地を這うような低い声が聞こえた。  母親が振り返ると、廊下の突き当たりに、ドス黒い影を纏ったみーちゃんが立っていた。  いつもの可愛いドレスではない。ボロボロに引き裂かれた衣装。手には首の取れたぬいぐるみ。

『ミ、ミミ……? あなたなの?』 「……あはっ。ママだ。ママだぁ……」

 みーちゃんが笑う。その口は耳まで裂け、目からは血の涙が流れている。

『ひっ……! な、なによその顔は! 可愛くない! もっと笑いなさい! アイドルでしょ!』

 恐怖のあまり、母親は条件反射でいつもの命令口調になった。  だが、今回のみーちゃんは従わない。

「うるせえんだよ……クソババア」 『えっ?』

 みーちゃんが顔を上げた。  そこにあったのは、純粋な殺意(STPエネルギー)だった。

「休ませろって言っただろ! 眠いって言っただろ! 私が死んだのはあんたのせいだァァァ!!」

 ドゴォォォン!!

 みーちゃんの絶叫と共に、ポルターガイストが炸裂した。  壁が剥がれ落ち、突風が吹き荒れる。  それは、彼女が7年間溜め込んできた、本当の「ワガママ」の爆発だった。

『い、いやぁぁぁぁ!! ごめんなさい! 許してぇぇぇ!!』

 母親は腰を抜かし、這いつくばって逃げ出した。  髪は振り乱れ、化粧は崩れ、プライドも何もかもかなぐり捨てて。

「逃げるな! もっと私を見ろ! これが本当の私だァァァ!!」

 みーちゃんは母親が見えなくなるまで、廊下で暴れ、叫び、そして……泣き続けた。

 ***

 嵐が去った後。  みーちゃんは廊下の真ん中で、ぽつんと立ち尽くしていた。

「……判定」

 花子さんが静かに現れた。

「ターゲットは恐怖のあまり失禁し、気絶。番組はお蔵入り。……STPプラス100点(満点)だ」

 みーちゃんは、ゆっくりとこちらを振り返った。  その顔は、いつもの作り笑顔ではなく、憑き物が落ちたような、年相応の子供の素顔だった。

「……あーあ。ママ、泣かしちゃった」

 彼女は少しだけ寂しそうに笑い、そしてピースサインをした。

「でも、すっきりした! ありがと、花子センセイ!」

 花子さんはフンと鼻を鳴らし、少しだけ口元を緩めた。

「……よくやった。合格だ」

 俺たちはその様子を見て、強く拳を握りしめた。  みーちゃんは、過去を乗り越えた。  次は、俺たちの番だ。

 いよいよ、最後の卒業検定が始まる。

(第10話・完)