第11話:卒業検定『先生を救出せよ』 ~霊柩ロケット、ビルを登る~
二月。 受験シーズン真っ只中。世の学生たちが合格を目指してペンを走らせている頃、俺たち第108期の生徒たちは、ハンドルを握りしめていた。
「総員、乗車完了! これより敵本丸へ突撃する!」
軍曹の号令が響く。 場所は教習所の校庭。そこには、修理(という名のガムテープ補強)を終えた白い軽トラ『流星号』が、エンジンを唸らせていた。
運転席には銀之助。 助手席に軍曹。 荷台にはデジタル、姫、マダムがしがみついている。
「爺さん、場所は分かってるな?」 「当たり前じゃ! カーナビ(デジタルのスマホ)が『目的地周辺です』言うとる!」 「よし! 行くぞ野郎ども! 先生を取り戻すんだ!」
ブォォォォン!! 軽トラがロケットスタートを切った。 目指すは、都心にそびえ立つガラス張りの超高層ビル――『(株)サイオンジ・スピリチュアル・ソリューションズ』本社だ。
***
――サイオンジ本社、最上階・社長室。
冷徹な除霊師・西園寺(サイオンジ)は、デスクの上に置かれた黒いカプセルを眺めていた。 中には、圧縮された俺、田中悟の魂が封じ込められている。
「……ふん。所詮は三流の浮遊霊だ。データとしての価値もない」
西園寺はワインを傾けながら、部下に指示を出した。
「明日の朝、焼却処分しろ。このエリアの再開発は予定通り進める」 「はっ!」
その時だった。 ビルの警報装置がけたたましく鳴り響いた。
『緊急事態! 緊急事態! 高エネルギー反応、急速接近中!』
「なんだ? 残党か? 正面玄関の警備を強化しろ」
西園寺がモニターを見る。 しかし、警備員からの報告は混乱していた。
『しゃ、社長! 敵は正面からは来ません!』 「なに?」 『壁です! ビルの外壁を……白い軽トラが垂直に登ってきます!!』
「はあ!?」
西園寺が窓の外を見た。 強化ガラスの向こう、地上200メートルの夜景を背景に、ヘッドライトが迫ってくる。 重力を無視し、タイヤを壁にグリップさせ、白い軽トラが爆走して登ってきていた。
「わしの流星号は四輪駆動じゃあああ!!」
運転席で銀之助が絶叫している。
「馬鹿な……物理法則はどうなっている!?」 「避けてください社長!」
ガシャアァァァァン!!
軽トラが窓ガラスを突き破り、社長室にダイナミック・エントリー(突入)した。 舞い散るガラス片。ひっくり返る高級家具。 軽トラは西園寺のデスクの手前でスピンターンを決め、停車した。
「ゲホッ、ゲホッ……到着じゃ」 銀之助がドアを蹴り開ける。
「き、貴様ら……!」 西園寺が狼狽する。
荷台から生徒たちが飛び降りた。
「先生を返してもらうわよ!」 マダムがフライパン(武器)を構える。 「ここのセキュリティ、ザルだったんで全部乗っ取らせてもらいました」 デジタルがスマホを掲げる。
部屋の照明が赤く明滅し、スピーカーから大音量の演歌(マダムの選曲)が流れ始めた。 ハイテクビルが、一瞬にしてお化け屋敷と化した。
「おのれ、悪霊風情が……警備班! 排除せよ!」
西園寺の号令で、隠し扉から武装した除霊部隊がなだれ込んできた。 数にして20名。全員が最新の除霊ライフルを装備している。
「総員、戦闘開始! 先生のカプセルを奪還せよ!」
軍曹がサーベルを抜く。 最終決戦の火蓋が切られた。
***
「撃て! 撃て!」 除霊ビームが飛び交う。 しかし、生徒たちの動きは以前とは違っていた。
「甘いっすよ!」 デジタルがスプリンクラーを作動させる。 水浸しになった床で部隊員たちが滑って転ぶ。その隙に、ぬらり直伝の『気配消去』で背後に回り込み、耳元で「うしろ」と囁く。 「うわあああ!」 部隊員がパニックに陥る。
「映えなさい! あんたたちの悪行、全世界に配信中よ!」 姫(ヒメ)がスマホでライブ配信を行う。 『うわ、除霊師が暴力振るってる』『これ虐待じゃね?』 コメント欄が炎上し、部隊員たちの顔が世間に晒される。 社会的抹殺を恐れた彼らは、顔を隠して逃げ惑う。
「こら! 廊下を走るな! 危ないやろ!」 マダムが逃げる部隊員を捕まえ、正座させて説教を始める。 「親御さんが泣いてるで! こんな仕事辞めて田舎帰り!」 マダムの精神攻撃に、若手隊員たちが「ううっ、母ちゃん……」と泣き崩れる。
「ええい、役立たずどもめ!」
部下を全滅させられた西園寺は、歯ぎしりをした。 彼はデスクの下から、バズーカ砲のような巨大な兵器を取り出した。
「これだけは使いたくなかったが……消えろ! 『対霊殲滅砲(ゴースト・バスター・キャノン)』!」
砲口に青白いエネルギーが充填される。 直撃すれば、このフロアごと消滅する威力だ。
「いかん! 伏せろ!」 軍曹が叫ぶ。
西園寺が引き金を引こうとした、その瞬間。
「どっこいしょ!」
銀之助が、軽トラのドアを勢いよく開けた。 バンッ! 開いたドアが、運悪く(運良く)西園寺の肘に直撃した。
「ぐっ!?」
手元が狂った。 発射されたエネルギー弾は、天井を突き破り、照明設備を粉砕した。 ガガガガッ! 巨大なシャンデリアが落下してくる。
「うわっ!?」 西園寺が避ける。 その衝撃で、デスクの上に置いてあった「黒いカプセル」が宙に舞った。
「あっ、先生のカプセルが!」 姫が叫ぶ。
カプセルは床に落ちて転がり、割れた窓ガラスの方へ向かっていく。 このままではビルから落下してしまう!
「先生ェェェ!!」
生徒たちが手を伸ばす。 だが、間に合わない。
カプセルが窓の外へ飛び出した――その時。 パリンッ。 衝撃でカプセルのロックが外れた。
中から圧縮されていた俺の魂が解放され、ボワッと元の姿(ジャージ姿)に戻った。
「……う、うおォォォッ!?」
俺はいきなり空中に放り出された。 地上200メートル。自由落下。
「ぎゃああああ! 落ちるぅぅぅぅ!」
俺は必死に手足をバタつかせた。 すると、風に煽られた俺のジャージが、偶然にも近くにあった「ビルの清掃用ゴンドラのロープ」に引っかかった。
ビヨヨヨォォォン!!
ゴムのようにしなったロープが、俺の体をパチンコの要領で弾き返した。 俺は弾丸のように社長室へと舞い戻り――
「どいてくださァァァい!!」
俺の頭(一番硬い後頭部)が、西園寺のみぞおちにクリーンヒットした。
ドゴォォォッ!!
「がはっ……!?」
西園寺が白目を剥いて吹き飛んだ。 彼はそのまま背後の壁に激突し、さらに頭上の棚から落ちてきた「開運の壺(高そうなやつ)」が頭にスッポリとはまった。
「……」 「……」
静寂。 壺を被ったままピクリとも動かない最強の除霊師。 そして、その前で大の字に伸びている俺。
「……か、勝った?」 デジタルが恐る恐る呟く。
「勝った……勝ったぞぉぉ!!」 「先生が(頭突きで)やったぁぁぁ!」
生徒たちが歓声を上げて俺に駆け寄ってくる。 俺はフラフラと立ち上がり、壺を被った西園寺を見た。 ……こいつ、気絶してる間に壺が抜けなくなってる。これはSTP(恐怖点)以前に、社会的な死だ。
「……先生、大丈夫っすか?」 デジタルが俺を支える。
「ああ……。酷い目にあった」
俺は生徒たちを見渡した。 傷だらけの軽トラ。ボロボロの衣装。 でも、みんな誇らしげな顔をしている。
「お前ら……よくやったな。無茶苦茶だけど、最高のチームワークだったぞ」
俺の言葉に、マダムが涙ぐみ、姫が抱きつき、軍曹が敬礼し、銀之助が「わしの運転のおかげじゃ」と鼻を鳴らした。
ピピピッ! 俺のポケットの中で、教官用タブレットが鳴り響いた。 画面には、教頭からのメッセージ。
『特務除霊部隊、壊滅および撤退を確認。第4教場、防衛成功。……全員、合格とする』
「……聞いたか、お前ら」
俺はタブレットを掲げた。
「卒業だ」
朝日が昇り始める。 破壊された社長室に差し込む光の中で、俺たちはボロボロになりながらも、最高の笑顔で笑い合った。
こうして、長い長い1年間の「特進コース」は、ビル1棟の損害賠償と、伝説的な武勇伝を残して幕を閉じた。
(第11話・完)