第11話:卒業検定『最愛の人へ』 ~涙と笑いの合格通知~
卒業検定、当日。 決戦の舞台は、俺の実家である団地の一室だ。 狭いリビングには、俺たち「地縛予備軍」のメンバー全員が(霊体として)ひしめき合っていた。
「……狭いな」 「文句言うなエリート。お前の足、俺の腹に刺さってるぞ」
ターゲットである母さんは、今日も仏壇の前で正座し、あの「開かずの茶封筒(合否通知)」を見つめていた。 部屋の空気は重く、淀んでいる。 まるで時が止まったようだ。
「……始めるぞ」
教官の合図で、検定がスタートした。 まずはぬらり先輩が動く。
「失礼します……お母様、お部屋の温度を下げさせていただきますね……」
ぬらり先輩が母さんの背後に立ち、陰鬱な冷気を送り込む。 普通ならゾッとして振り返るはずだ。
「あら、ちょっと冷えるわね」
母さんはカーディガンを羽織り、「悟が涼しくしてくれたのかしら。ありがとう」と優しく微笑んだ。 ――効果なし。 むしろ感謝されてしまった。
「くっ、手強い……! ならば音響攻撃だ!」
ブッコミと教祖が、食器棚をガタガタと揺らす。 しかし母さんは、「地震かしら? 古い団地だから」と意に介さない。 みーちゃんがテレビの電源を勝手に入れても、「あら、消し忘れ?」とリモコンで消すだけ。
ダメだ。 母さんの「息子への愛」というフィルターが分厚すぎて、どんな心霊現象も「息子のイタズラ」か「偶然」に変換されてしまう。 これじゃSTP(恐怖ポイント)はゼロのままだ。
「……浪人、お前が行くしかない」
エリートが俺の肩を叩いた。
「小手先の技じゃ通じない。お前の全霊力をぶつけて、物理的に『ありえない現象』を起こすんだ。お母さんの理性を破壊するくらいのデカいやつをな」
俺は頷き、前に出た。 狙うは仏壇。 あそこにある「位牌」と「供物」を派手にひっくり返す。 罰当たりだが、それくらいショッキングなことをしないと、母さんの時間は動き出さない。
(ごめん、母さん。……これで最後だ!)
俺は助走をつけた。 全身のエネルギーを一点に集中させる。 俺の存在を、この一瞬だけ実体化させるつもりで――!
「うおおおおぉぉ!!」
俺は仏壇に向かってダイブした。 その時だった。
「にゃッ!?」
足元に、飼い猫のタマが飛び出してきた。 またかよ! 俺の死因はお前かよ!
「うわっ!?」
俺はタマを避けようとして体勢を崩し、空中で盛大にズッコケた。 狙っていた位牌から逸れ、俺の顔面は「お供え物の団子タワー」に突っ込んだ。
ズドォォォォン!!
凄まじい音と共に、仏壇が揺れ、団子が散乱し、花瓶が倒れて水がぶちまけられた。 俺はその中心で、鼻の穴にみたらし団子を突っ込んだまま、尻餅をついて実体化(半透明)してしまった。
「……え?」
母さんが振り返る。 そこには、散らかり放題のリビングと、団子まみれで情けない顔をした、死んだはずの息子の幽霊がいた。
「さ、悟……?」
感動の再会、になるはずだった。 しかし、今の俺の姿はあまりにも……。
「あんた……!」
母さんの顔が紅潮した。 恐怖? 悲しみ? いや、違う。これは――
「また散らかしてェェェ!!」
激怒だった。
「死んでまで何やってんの! 花瓶の水! 畳にしみるでしょ! あとその団子! 鼻に入ってるじゃない!」 「あ、いや、これは……」 「情けない顔しないの! あんたは昔からそう! 大事な時に転んで、ドジばっかり踏んで!」
母さんは泣きながら、俺(幽霊)に向かって座布団を投げつけてきた。 すり抜ける座布団。 その光景を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「ははっ……やっぱ母さんには敵わねーや」
恐怖させるつもりが、怒られてしまった。 でも、母さんの目から「淀んだ陰り」は消えていた。 そこにあるのは、世話の焼ける息子を叱る、いつもの母さんの目だ。
その時。 俺がひっくり返した衝撃で、机の上にあった「茶封筒」が床に落ちた。 ビリッ。 衝撃で封が開き、中から一枚の紙が滑り出る。
俺と母さんの視線が、同時にそこに注がれた。
『合格通知書』
その文字が見えた瞬間、部屋の空気が変わった。 止まっていた時計の針が、カチリと動き出した音がした。
「……受かってたんだ」
俺が呟くと、母さんは紙を拾い上げ、震える手で胸に抱きしめた。
「……バカねぇ」
母さんは、涙でぐしゃぐしゃの顔で笑った。
「受かってたのに……死んじゃって……バカな子……!」 「悪いな、母さん。……入学金、かからなくて済んだだろ?」
俺が軽口を叩くと、母さんは「バカ!」ともう一度叫んだ。
ピピピッ! どこからともなく電子音が鳴り響く。 俺の体がつま先から光の粒になり始めた。 卒業(成仏)の合図だ。
「おい浪人! 時間だ!」 エリートが叫ぶ。
俺は薄れゆく意識の中で、母さんに向かって手を振った。
「じゃあな、母さん! 元気でやれよ! もう化けて出ないからさ!」 「悟! ……ご飯、ちゃんと食べるのよ!」 「俺もう死んでるって!」
最後に見たのは、泣きながら、でも清々しい顔で手を振り返す母さんの姿だった。
***
――教習所、教室。
「……判定」
教官は、真っ白になった俺たち6人を見渡した。
「ターゲットの反応は『激怒』および『呆れ』。純粋な恐怖とは言い難い」
教官の言葉に、教室が静まり返る。 不合格か?
「しかし……」
教官はニヤリと笑った。
「ターゲットの心拍数は上昇。そして何より、長年彼女を縛り付けていた『執着』という呪いを、見事に解呪してみせた。ポルターガイストとしては三流だが、悪霊払いとしては超一流だ」
教官がタブレットを叩く。
「おまけだ。全員、STP100点到達!」
「「「よっしゃあぁぁぁ!!」」」
歓声が上がる。 ブッコミがエリートに抱きつき、ぬらり先輩が教祖とハイタッチし、みーちゃんが俺の背中に飛び乗った。
「やったね、おにいちゃん! ドジ踏んだおかげだね!」 「うるせー! 結果オーライだ!」
こうして、俺たち「地縛予備軍」は、長い長い教習所生活を卒業することになった。 いよいよ次回、最終回。 それぞれの進路(配属先)へと旅立つ時だ。
(第11話・完)