YMO世代の気持ち

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第11話:卒業検定『最愛の人へ』 ~涙と笑いの合格通知~

第11話:卒業検定『最愛の人へ』 ~涙と笑いの合格通知~

 卒業検定、当日。  決戦の舞台は、俺の実家である団地の一室だ。  狭いリビングには、俺たち「地縛予備軍」のメンバー全員が(霊体として)ひしめき合っていた。

「……狭いな」 「文句言うなエリート。お前の足、俺の腹に刺さってるぞ」

 ターゲットである母さんは、今日も仏壇の前で正座し、あの「開かずの茶封筒(合否通知)」を見つめていた。  部屋の空気は重く、淀んでいる。  まるで時が止まったようだ。

「……始めるぞ」

 教官の合図で、検定がスタートした。  まずはぬらり先輩が動く。

「失礼します……お母様、お部屋の温度を下げさせていただきますね……」

 ぬらり先輩が母さんの背後に立ち、陰鬱な冷気を送り込む。  普通ならゾッとして振り返るはずだ。

「あら、ちょっと冷えるわね」

 母さんはカーディガンを羽織り、「悟が涼しくしてくれたのかしら。ありがとう」と優しく微笑んだ。  ――効果なし。  むしろ感謝されてしまった。

「くっ、手強い……! ならば音響攻撃だ!」

 ブッコミ教祖が、食器棚をガタガタと揺らす。  しかし母さんは、「地震かしら? 古い団地だから」と意に介さない。  みーちゃんがテレビの電源を勝手に入れても、「あら、消し忘れ?」とリモコンで消すだけ。

 ダメだ。  母さんの「息子への愛」というフィルターが分厚すぎて、どんな心霊現象も「息子のイタズラ」か「偶然」に変換されてしまう。  これじゃSTP(恐怖ポイント)はゼロのままだ。

「……浪人、お前が行くしかない」

 エリートが俺の肩を叩いた。

「小手先の技じゃ通じない。お前の全霊力をぶつけて、物理的に『ありえない現象』を起こすんだ。お母さんの理性を破壊するくらいのデカいやつをな」

 俺は頷き、前に出た。  狙うは仏壇。  あそこにある「位牌」「供物」を派手にひっくり返す。  罰当たりだが、それくらいショッキングなことをしないと、母さんの時間は動き出さない。

(ごめん、母さん。……これで最後だ!)

 俺は助走をつけた。  全身のエネルギーを一点に集中させる。  俺の存在を、この一瞬だけ実体化させるつもりで――!

「うおおおおぉぉ!!」

 俺は仏壇に向かってダイブした。  その時だった。

「にゃッ!?」

 足元に、飼い猫のタマが飛び出してきた。  またかよ! 俺の死因はお前かよ!

「うわっ!?」

 俺はタマを避けようとして体勢を崩し、空中で盛大にズッコケた。  狙っていた位牌から逸れ、俺の顔面は「お供え物の団子タワー」に突っ込んだ。

 ズドォォォォン!!

 凄まじい音と共に、仏壇が揺れ、団子が散乱し、花瓶が倒れて水がぶちまけられた。  俺はその中心で、鼻の穴にみたらし団子を突っ込んだまま、尻餅をついて実体化(半透明)してしまった。

「……え?」

 母さんが振り返る。  そこには、散らかり放題のリビングと、団子まみれで情けない顔をした、死んだはずの息子の幽霊がいた。

「さ、悟……?」

 感動の再会、になるはずだった。  しかし、今の俺の姿はあまりにも……。

「あんた……!」

 母さんの顔が紅潮した。  恐怖? 悲しみ? いや、違う。これは――

「また散らかしてェェェ!!」

 激怒だった。

「死んでまで何やってんの! 花瓶の水! 畳にしみるでしょ! あとその団子! 鼻に入ってるじゃない!」 「あ、いや、これは……」 「情けない顔しないの! あんたは昔からそう! 大事な時に転んで、ドジばっかり踏んで!」

 母さんは泣きながら、俺(幽霊)に向かって座布団を投げつけてきた。  すり抜ける座布団。  その光景を見て、俺は思わず笑ってしまった。

「ははっ……やっぱ母さんには敵わねーや」

 恐怖させるつもりが、怒られてしまった。  でも、母さんの目から「淀んだ陰り」は消えていた。  そこにあるのは、世話の焼ける息子を叱る、いつもの母さんの目だ。

 その時。  俺がひっくり返した衝撃で、机の上にあった「茶封筒」が床に落ちた。  ビリッ。  衝撃で封が開き、中から一枚の紙が滑り出る。

 俺と母さんの視線が、同時にそこに注がれた。

 『合格通知書』

 その文字が見えた瞬間、部屋の空気が変わった。  止まっていた時計の針が、カチリと動き出した音がした。

「……受かってたんだ」

 俺が呟くと、母さんは紙を拾い上げ、震える手で胸に抱きしめた。

「……バカねぇ」

 母さんは、涙でぐしゃぐしゃの顔で笑った。

「受かってたのに……死んじゃって……バカな子……!」 「悪いな、母さん。……入学金、かからなくて済んだだろ?」

 俺が軽口を叩くと、母さんは「バカ!」ともう一度叫んだ。

 ピピピッ!  どこからともなく電子音が鳴り響く。  俺の体がつま先から光の粒になり始めた。  卒業(成仏)の合図だ。

「おい浪人! 時間だ!」  エリートが叫ぶ。

 俺は薄れゆく意識の中で、母さんに向かって手を振った。

「じゃあな、母さん! 元気でやれよ! もう化けて出ないからさ!」 「悟! ……ご飯、ちゃんと食べるのよ!」 「俺もう死んでるって!」

 最後に見たのは、泣きながら、でも清々しい顔で手を振り返す母さんの姿だった。

 ***

 ――教習所、教室。

「……判定」

 教官は、真っ白になった俺たち6人を見渡した。

「ターゲットの反応は『激怒』および『呆れ』。純粋な恐怖とは言い難い」

 教官の言葉に、教室が静まり返る。  不合格か?

「しかし……」

 教官はニヤリと笑った。

「ターゲットの心拍数は上昇。そして何より、長年彼女を縛り付けていた『執着』という呪いを、見事に解呪してみせた。ポルターガイストとしては三流だが、悪霊払いとしては超一流だ」

 教官がタブレットを叩く。

「おまけだ。全員、STP100点到達!」

「「「よっしゃあぁぁぁ!!」」」

 歓声が上がる。  ブッコミがエリートに抱きつき、ぬらり先輩が教祖とハイタッチし、みーちゃんが俺の背中に飛び乗った。

「やったね、おにいちゃん! ドジ踏んだおかげだね!」 「うるせー! 結果オーライだ!」

 こうして、俺たち「地縛予備軍」は、長い長い教習所生活を卒業することになった。  いよいよ次回、最終回。  それぞれの進路(配属先)へと旅立つ時だ。

(第11話・完)

【第4話(最終回)】 デジタルの荒野、その先へ

スピンオフ:e-Sportsへの道 〜デジタルの荒野を歩け〜

【第4話(最終回)】 デジタルの荒野、その先へ

11.獣 vs 狩人

 『MATCH START』

 画面に表示された文字と共に、運命の再戦が始まった。  マップは「廃工場」。複雑な立体構造と、視界の悪い暗がりが多い、難易度の高いステージだ。

「……来るぞ」  秋山陸斗が小さく呟く。  その予想通り、対戦相手『NO-FACE』は、開幕直後から猛烈なスピードで突っ込んできた。  足音を消すどころか、銃声を鳴らして威嚇しながらの正面突破。相変わらずの獣のようなプレイスタイルだ。

「ひょおぉ! 速ぇ! なんだあいつ!」  後ろで見守る浜田健太が声を上げる。  以前の陸斗なら、この圧倒的な圧力(プレッシャー)に気圧され、エイムが泳いでいただろう。  だが、今は違う。

 陸斗は深く息を吸い、腹に力を入れた。 (……体幹を意識しろ。軸をぶらすな)  毎朝のプランクで悲鳴を上げていた腹筋が、今は鋼のように姿勢を支えている。  姿勢が安定すれば、視界が安定する。視界が安定すれば、マウスを握る右手の精密動作が冴え渡る。

 ダダダッ!  『NO-FACE』がスライディングで飛び出してくる。  陸斗の目は、その軌道を完全に捉えていた。  カチッ。  冷静なマウス操作。  バシュン!  カウンターの一撃が、『NO-FACE』の肩を撃ち抜く。

「当たった!」  神楽坂葵が手を叩く。 「いいぞ陸斗! よく見えてる!」  健太の声援が背中を押す。

 しかし、相手もさるものだ。  一発もらった直後、予測不能なジグザグ移動で追撃を躱(かわ)し、壁を蹴って死角へと消える。  そこからは、息詰まる攻防が続いた。  本能で襲いかかる獣と、それを罠と計算で迎え撃つ狩人。  ラウンド数は一進一退。互いに譲らず、試合は最終ラウンドまでもつれ込んだ。

12.覚醒のキーワード

 最終ラウンド。状況は1対1。  互いの体力(HP)は残りわずか。一発でも弾がかすりゃ終わりの極限状態。  静寂が、廃工場のマップを包み込む。

 陸斗は、コンテナの陰に身を潜めていた。  汗がこめかみを伝う。心臓の音がうるさい。  『NO-FACE』はどこだ?  右か? 左か? 上か?

(……考えろ。奴の思考をトレースするな。奴の『本能』を読め)

 陸斗は、これまでのデータを脳内で高速再生した。  『NO-FACE』は音に敏感だ。こちらの僅かなミス、リロードの音、着地音に過剰反応して飛びかかってくる。  ならば。

 陸斗は、賭けに出た。  わざと、無防備なリロード音(弾薬装填音)を立てたのだ。  カチャッ。  その乾いた金属音が、静寂を破る。

 ――来たッ!!

 その瞬間、頭上のダクトから黒い影が降ってきた。  『NO-FACE』だ。音に反応し、獲物を仕留めに飛び降りてきたのだ。  普通のプレイヤーなら反応できない奇襲。  だが、陸斗は「待って」いた。

「そこだァァァッ!!」

 陸斗が叫ぶ。  マウスを握る右手。ここには、これまでの膨大なデータと計算、そして冷静な判断力(ロジック)が宿っている。  キーボードを叩く左手。ここには、健太と走り込んだ朝の土手の風、泥臭い根性、そして勝ちたいという熱い想い(パッション)が宿っている。

 二つの力が、今、一つになる。

「食らえ……! 『右手にロジック、左手にパッション』だ!!!」

 陸斗の指先が閃いた。  右手のマウスが神速で頭上をエイムし、左手がキーボードで回避行動を入力しながら、同時に射撃ボタンを叩き込む。  二つの魂を乗せた、渾身のクロス・カウンター。

 ズバァァァン!!

 画面の中で、強烈な閃光が弾けた。  スローモーションのように、『NO-FACE』のアバターが空中で仰け反り、崩れ落ちていく。

 『WINNER』  『YOU WIN』

 画面に大きく表示された勝利の文字。  部室の時間が、一瞬止まった。

13.デジタルの荒野の果てに

「……勝った……?」  陸斗が、信じられないという顔で呟く。  次の瞬間。

「うおぉぉぉぉぉっしゃぁぁぁぁ!!!」  背後から、雄叫びと共に巨大な質量が降ってきた。  健太だ。 「やった! やったぞ陸斗! すげぇ! マジですげぇよお前!!」  健太が陸斗の首に腕を回し、グシャグシャに頭を撫で回す。 「い、痛い! 首が折れる! 離せ筋肉ゴリラ!」  陸斗は悲鳴を上げるが、その眼鏡の下の目は潤んでいる。

「陸斗くん、おめでとう!!」 「すごい試合だったわ……!」  陽菜、葵、琴音も駆け寄り、拍手喝采だ。  蒼井悠真は、その歓喜の輪を少し離れたところから撮影していた。  モニターの青白い光に照らされた、汗と涙と笑顔。  デジタルなゲーム画面の向こう側に、確かに存在するリアルな青春の熱量。

 ふと、チャット欄に通知が届いた。  『NO-FACE』からだ。

 『GG(Good Game). 完敗だ。いい罠だった』

 短いメッセージ。しかし、そこには確かな敬意が込められていた。  陸斗は震える指でキーボードを叩いた。

 『GG. 君は強かった。次は負けない』

 送信ボタンを押すと、陸斗は大きく息を吐き、椅子の背もたれに体を預けた。  天井を見上げる。  蛍光灯の明かりが、なんだかいつもより眩しく見えた。

14.エピローグ

 数日後。  デジコン部の部室には、相変わらず電子音が響いていた。  しかし、その光景は以前とは少し変わっていた。

「……ふんっ、ふんっ!」  モニターの横で、秋山陸斗がダンベルを持ってスクワットをしているのだ。  ひょろりとした体格は相変わらずだが、そのフォームは以前より様になっている。

「おい陸斗、腰が高いぞ! もっと落とせ!」  コーチ役の健太が檄を飛ばす。 「うるさい……! クールタイム中の有効活用だ……!」  陸斗は息を切らしながら反論する。

 決勝トーナメントはまだ続く。  プロゲーマーへの道は、果てしなく遠く、険しい。  だが、今の彼には恐れるものはない。  最強のロジックと、最高の仲間たちがくれたパッションがある限り。

「よし、休憩終わり! 次のランクマ行くぞ!」  陸斗はダンベルを置き、眼鏡をクイッと押し上げた。  その横顔は、モニターの光を受けて、戦士のように精悍に輝いていた。

 デジタルの荒野を歩く彼らの足音は、これからも力強く響き続けるだろう。  右手にマウス、左手に希望を握りしめて。

(完)

【第3話】 リベンジ・マッチへの布石

スピンオフ:e-Sportsへの道 〜デジタルの荒野を歩け〜

【第3話】 リベンジ・マッチへの布石

7.罠を張る猟師

 夏休み真っ只中のデジコン部部室。  そこは今、さながらプロゲーミングチームの作戦会議室(ウォー・ルーム)と化していた。

「……ここだ。陸斗、この瞬間に指が止まってる」  蒼井悠真がタブレットを操作し、先日撮影した陸斗のプレイ動画を再生する。  画面の中のアバターが一瞬硬直し、その隙に敵の弾丸を食らっているシーンだ。 「くっ……。やはりか」  秋山陸斗は眉間に皺を寄せ、眼鏡の位置を直した。 「敵が予想外の動きをした時、僕は『なぜその動きをしたのか』を思考してしまっている。その0.1秒のラグが、命取りになっているんだ」

 悠真は頷き、動画をスロー再生にする。 「でも、こっちの動画を見て。今朝のやつ」  それは、健太との地獄の特訓を経て、少しだけ動きが変わった陸斗のプレイだった。 「反応速度が上がってる。思考する前に、指が動いてる感じだ」 「……筋肉への信号伝達速度が向上した結果だな」  陸斗は照れ隠しのように理屈をこねたが、手応えは感じていた。

 二人は、因縁の相手『NO-FACE』のリプレイデータを徹底的に解析した。  彼(彼女?)の動きは野性的でデタラメに見える。  しかし、何度も見返すうちに、陸斗の目にはある種の「法則」が見え始めていた。 「……奴は、音に敏感だ」  陸斗が画面を指差す。 「こちらの足音、リロード音、わずかな環境音。それらに過剰なほど反応して、即座に距離を詰めてくる。……獣だ」 「獣?」 「ああ。思考ではなく、本能で獲物を狩っている。だから、こちらのロジック(定石)が通じない」

 陸斗の口角が、ニヤリと上がった。  それは、かつて文化祭で見せた、策士の顔だった。 「なら、対策はある。……獣を狩るには、正面から殴り合う必要はない。奴の習性を利用して、罠にかければいいんだ」

8.「かぐらや」からの補給物資

 コンコン。  ノックの音と共に、部室のドアが開いた。 「失礼しまーす! 差し入れだよー!」  入ってきたのは、神楽坂葵と、桜庭陽菜、そして藤沢琴音の女子三人組だ。  葵の手には大きなバスケットが握られている。 「みんな、根詰めてると思って。『かぐらや』特製、スタミナ爆弾おにぎり!」 「わぁ、いい匂い……」  部室に、海苔とごま油の香ばしい匂いが広がる。

「悪いな。ちょうど糖分と塩分を欲していたところだ」  陸斗が礼を言うと、陽菜がニコニコしながらお茶を注いでくれた。 「陸斗くん、健太くんと朝練してるんでしょ? すごいね」 「……まあな。生存本能を刺激されているだけだ」 「ふふ。でも、顔色が良くなった気がするよ」  陽菜の言葉に、陸斗は自分の頬を触った。確かに、以前のような青白さは消え、少しだけ精悍さが増しているかもしれない。

「はい、陸斗くん。これ、指の疲れに効くツボ押し」  琴音が、木製のマッサージグッズを手渡してくれた。 「ピアノの練習でよく使うの。指先を酷使するのは、ゲーマーもピアニストも一緒でしょう?」 「合理的だ。感謝する」

 仲間たちが持ち寄ったおにぎりを頬張りながら、陸斗は思った。  一人で画面に向き合っていた時、孤独だった。  画面の向こうの敵しか見えていなかった。  けれど今は、背後にこれだけの仲間がいる。  アナログな温かさが、デジタルな戦場に向かうためのエネルギーに変換されていく。

「よし! 食ったら行くぞ陸斗! 敗者復活戦の時間だ!」  それまで部室の隅で筋トレをしていた浜田健太が、汗を拭いながら叫んだ。 「ああ。……行くぞ」  陸斗はヘッドセットを装着した。  スイッチが入る。

9.騒音という名のバフ

 『サイバー・コロシアム』の予選ルールはダブルエリミネーション方式だ。  一度負けた陸斗だが、敗者復活トーナメントを勝ち上がれば、決勝への切符を手にすることができる。  負けられない戦いが始まった。

 「よっしゃ行けぇぇぇ! 右だ右! そこにいるぞぉぉ!」  「撃てぇぇ! ビビるなァァァ!」

 ……うるさい。  陸斗の背後で、健太がメガホンのように声を張り上げている。  本来なら、集中力を削ぐだけの雑音だ。  しかし、不思議なことに、今の陸斗にとってそれは不快ではなかった。

(……思考のノイズがかき消される)

 健太の単純明快な(そして大体は見当違いな)指示が、逆に陸斗の頭の中で渦巻く「迷い」や「恐怖」を吹き飛ばしてくれる。  余計なことを考える暇がない。  ただ、目の前の敵に反応し、倒すことだけに集中できる。  健太の声は、陸斗にとって最強の「バフ(能力強化魔法)」となっていた。

 タタタンッ!  キーボードを叩く指が軽い。  体幹レーニングの成果か、長時間座っていても姿勢が崩れないため、マウスのエイムが吸い付くように安定している。

 『WINNER』  一回戦、突破。  『WINNER』  二回戦、圧勝。

 破竹の勢いで勝ち進む陸斗。  そのプレイスタイルは、以前のような「待ち」主体の慎重なものではなく、自ら仕掛け、状況をコントロールする攻撃的なものへと進化していた。  悠真が撮影するカメラのモニター越しに見ても、その鬼気迫る変化は明らかだった。

10.再び、あの場所へ

 数時間後。  敗者復活戦の決勝戦。  相手は、全国ランク上位の強豪プレイヤーだったが、今の陸斗の敵ではなかった。  最後は、相手の裏をかく大胆な奇襲で勝利をもぎ取った。

 『CONGRATULATIONS!』  『決勝トーナメント進出決定』

 画面に表示された文字を見て、部室に歓声が上がった。 「やったぁぁぁ! 行ったぞ陸斗ぉぉ!」  健太が陸斗の首にヘッドロックを決める。 「ぐえっ……苦しい、離せ筋肉ダルマ!」  陸斗はもがきながらも、口元を緩ませていた。  女子たちも拍手喝采だ。 「すごーい! おめでとう!」 「かっこよかったわよ、陸斗」

 そして、画面が切り替わり、決勝トーナメントの対戦表(ブラケット)が表示された。  陸斗の名前の横に刻まれた、初戦の対戦相手。

 ――『NO-FACE』。

 やはり、勝ち上がってきていた。  あの時、手も足も出なかった怪物。  部室の空気が、一瞬で張り詰める。

「……来たな」  悠真が静かに言った。 「ああ。望むところだ」  陸斗は眼鏡を外し、クロスで丁寧に拭いてから、かけ直した。  そのレンズの奥で、知性と闘志が静かに、しかし熱く燃え上がっている。

「データは揃った。体調(コンディション)も万全。……そして何より」  陸斗は、周りにいる仲間たちの顔を見渡した。 「僕には、最高のセコンドがついている」

「おうよ! 吠え面かかせてやろうぜ!」  健太が拳を突き出す。  陸斗もまた、小さく拳を突き出し、コツンと合わせた。

 決戦は明日。  デジタルの荒野で、一度は折れた心の剣を、仲間との絆で研ぎ直した少年が、リベンジの舞台へと向かう。  準備は整った。

(第4話へつづく)

第10話:特別講師『トイレの花子さん』 ~サヨナラ、ママの操り人形~

第10話:特別講師『トイレの花子さん』 ~サヨナラ、ママの操り人形~

 卒業検定を目前に控えた俺たちは、最終調整のために「旧校舎」の3階にある女子トイレの前に立たされていた。

「おい、ここってまさか……」 「ああ。出るぞ、レジェンドが」

 俺とブッコミがゴクリと唾を飲む。  ここには、幽霊界で知らぬ者はいない伝説の教官がいる。

「……入るぞ」

 先頭のエリートが、3番目の個室のドアをノックした。  コン、コン、コン。

「花子さん、いらっしゃいますか」

 ギィィィ……。  重々しい音と共にドアが開き、中からおかっぱ頭の少女が現れた。  赤い吊りスカート。白いブラウス。昭和から語り継がれる怪談の女王。

「……遅いッ!!」

 ドガァッ!!  花子さんの回し蹴りがエリートの鳩尾(みぞおち)に入った。

「ぐふぅッ!?」 「貴様らが『地縛予備軍』か! 整列! 背筋を伸ばせ! 足は浮かすな!」

 花子さんは、可愛らしい見た目に反して、声も性格も完全に『鬼軍曹』だった。

「いいか、私はお前らの担任のように甘くはない! ここでの特訓はシンプルだ。今からこの校舎にやってくる『肝試し客』を、私の許可が出るまでビビらせ続けろ! できなければ便器に流すぞ!」

 ひええ、と俺たちが縮み上がった時だった。  校舎の外が騒がしくなった。

「……来たようだな。今日のターゲットだ」

 窓から覗くと、テレビ局のロケバスが停まっていた。  降りてきたのは、派手なブランド服に身を包んだヒステリックそうな女性と、数名のスタッフ。

「……あ」

 隣にいたみーちゃんが、小さく息を飲んだ。  彼女のクマのぬいぐるみが、手から滑り落ちる。

「……ママ?」

 そこにいたのは、みーちゃんの実の母親だった。  みーちゃんを過労死寸前まで働かせた、噂のステージママだ。

 ***

 ロケ隊が校舎に入ってくる。  どうやら「天才子役・愛川ミミが亡くなった廃校(※設定)」というテイで、母親が悲劇のヒロインを演じる番組らしい。

『ええ……あの子はここで、最後まで女優として頑張って……うっうっ』

 カメラの前で嘘泣きをする母親。  カットの声がかかった瞬間、彼女は真顔に戻り、スタッフに怒鳴り散らした。

『ちょっと! 照明が暗いのよ! 私の肌が綺麗に映らないじゃない!』 『す、すみません!』

 ……最低だ。  娘の死すら、自分の売名に使おうとしている。

「みーちゃん、行けるか?」

 俺が声をかけると、みーちゃんはガタガタと震えていた。

「むり……できない……」 「え?」 「みーちゃん、ママに怒られるの怖い……。『ちゃんと笑いなさい』って、『もっと可愛くしなさい』って……また怒られる……」

 彼女は耳を塞いでうずくまってしまった。  生前のトラウマだ。彼女にとって母親は、愛する対象であると同時に、逆らえない支配者なのだ。

「甘ったれるなァ!!」

 花子さんの怒声が響いた。  花子さんは、うずくまるみーちゃんの胸ぐら(霊体)を掴み上げた。

「貴様はまだ『いい子』の演技を続けるつもりか!? 死んでまで親の顔色を伺って、操り人形のまま消滅したいのか!」 「で、でもぉ……!」 「化けて出ろ! 幽霊の特権を使え! 生きてる時は言えなかった本音を、恐怖に変えてぶつけてやれ!」

 花子さんはみーちゃんを突き放し、廊下を指差した。

「行け。母親を『親』としてではなく、『ターゲット』として見ろ。……卒業試験だ」

 みーちゃんは涙を拭い、ふらりと立ち上がった。  その目から、いつもの「あざとい光」が消えていた。

 ***

 廊下では、母親が一人で「思い出の場所」を巡るシーンを撮影していた。

『ミミ……聞こえる? ママよ。出てきてちょうだい……』

 母親が演技たっぷりに呼びかける。  その時。

 バリーン!!

 廊下の窓ガラスが、一斉にひび割れた。  照明が点滅し、赤黒い光に変わる。

『キャッ!? な、なによ! 演出!? 聞いてないわよ!』 「演出じゃねえよ……」

 地を這うような低い声が聞こえた。  母親が振り返ると、廊下の突き当たりに、ドス黒い影を纏ったみーちゃんが立っていた。  いつもの可愛いドレスではない。ボロボロに引き裂かれた衣装。手には首の取れたぬいぐるみ。

『ミ、ミミ……? あなたなの?』 「……あはっ。ママだ。ママだぁ……」

 みーちゃんが笑う。その口は耳まで裂け、目からは血の涙が流れている。

『ひっ……! な、なによその顔は! 可愛くない! もっと笑いなさい! アイドルでしょ!』

 恐怖のあまり、母親は条件反射でいつもの命令口調になった。  だが、今回のみーちゃんは従わない。

「うるせえんだよ……クソババア」 『えっ?』

 みーちゃんが顔を上げた。  そこにあったのは、純粋な殺意(STPエネルギー)だった。

「休ませろって言っただろ! 眠いって言っただろ! 私が死んだのはあんたのせいだァァァ!!」

 ドゴォォォン!!

 みーちゃんの絶叫と共に、ポルターガイストが炸裂した。  壁が剥がれ落ち、突風が吹き荒れる。  それは、彼女が7年間溜め込んできた、本当の「ワガママ」の爆発だった。

『い、いやぁぁぁぁ!! ごめんなさい! 許してぇぇぇ!!』

 母親は腰を抜かし、這いつくばって逃げ出した。  髪は振り乱れ、化粧は崩れ、プライドも何もかもかなぐり捨てて。

「逃げるな! もっと私を見ろ! これが本当の私だァァァ!!」

 みーちゃんは母親が見えなくなるまで、廊下で暴れ、叫び、そして……泣き続けた。

 ***

 嵐が去った後。  みーちゃんは廊下の真ん中で、ぽつんと立ち尽くしていた。

「……判定」

 花子さんが静かに現れた。

「ターゲットは恐怖のあまり失禁し、気絶。番組はお蔵入り。……STPプラス100点(満点)だ」

 みーちゃんは、ゆっくりとこちらを振り返った。  その顔は、いつもの作り笑顔ではなく、憑き物が落ちたような、年相応の子供の素顔だった。

「……あーあ。ママ、泣かしちゃった」

 彼女は少しだけ寂しそうに笑い、そしてピースサインをした。

「でも、すっきりした! ありがと、花子センセイ!」

 花子さんはフンと鼻を鳴らし、少しだけ口元を緩めた。

「……よくやった。合格だ」

 俺たちはその様子を見て、強く拳を握りしめた。  みーちゃんは、過去を乗り越えた。  次は、俺たちの番だ。

 いよいよ、最後の卒業検定が始まる。

(第10話・完)

【第2話】 筋肉は裏切らない(?)

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【第2話】 筋肉は裏切らない(?)

4.早朝の地獄巡り

 午前五時。  地方都市の空はまだ白み始めたばかりで、空気はひんやりと湿っていた。  川沿いの土手を、二つの影が走っている。  一人は、軽快な足取りで弾むように走る短髪の少年。  もう一人は、ゾンビのような足取りで、死にそうな顔をして走る眼鏡の少年だ。

「ほらほら陸斗! ペース落ちてるぞ! 足上げろ!」 「……っ、はぁ、はぁ……! 言語道断だ……! なぜ、僕がこんな……非科学的な苦行を……!」  秋山陸斗は、肺が焼け付くような痛みを感じながら、前を走る浜田健太の背中を睨みつけた。

 昨日の今日で、本当に連れ出されたのだ。  「朝五時に来い」という健太の言葉を無視しようと布団に包まっていた陸斗だったが、四時五十五分に家の前で健太が大声で『陸斗ー! 朝だぞー!』と叫び始めたため、近所迷惑を回避するために渋々出てくる羽目になったのである。

「あと1キロ! 橋までダッシュだ!」 「む、無理だ……! 理論値を超えている……!」 「限界なんて脳が作ったブレーキだ! 外せ!」  健太は加速する。陸斗は意識が飛びそうになりながらも、必死に足を動かした。  ここで止まったら、一生健太にバカにされる。そのプライドだけが、彼を突き動かしていた。

 ようやく橋の下に辿り着き、陸斗は芝生の上に大の字に倒れ込んだ。 「……死ぬ。ここでリスポーン(復活)地点を更新する……」 「お疲れ! いやー、いい汗かいたな!」  健太は爽やかな顔でタオルで汗を拭い、スポーツドリンクを陸斗に放った。 「飲め。水分補給は大事だぞ」 「……恩に着る」  陸斗は震える手でボトルを開け、一気に流し込んだ。体中の細胞が水分を求めて歓喜するのがわかる。

「さて、次は体幹レーニングだ」 「まだやるのか……!?」 「当たり前だろ。お前、エイム(照準)がブレるのはマウスのせいだと思ってんだろ? 違うぞ、体幹が弱いからだ」  健太が真面目な顔で指摘する。 「座りっぱなしの姿勢を維持するのも、微細なマウス操作をするのも、土台となる体が安定してなきゃ精度は出ねぇ。プロゲーマーだってジム通いしてる奴多いんだぞ」 「……む」  陸斗は言葉に詰まった。  確かに、長時間のプレイで後半に集中力が切れたり、肩こりで操作が鈍ったりすることはある。健太の言葉は、あながち暴論ではない……かもしれない。

「ほら、プランク3分! 腹筋に力入れろ! 腰浮かすな!」 「くっ……! 鬼か貴様は……!」  陸斗はプルプルと震えながら、肘とつま先で体を支える姿勢を維持した。

5.アナログな視界

 体幹レーニングの後は、動体視力の訓練だった。  健太がテニスボールを二つ持ち出し、不規則な軌道で放り投げる。 「ほら、目で追え! 取らなくていいから、ボールの縫い目を見ろ!」 「……速い!」 「『NO-FACE』の動きはもっと速かったんだろ? これくらい見切れなくてどうする!」

 その名前が出た瞬間、陸斗の目が鋭くなった。  あの屈辱的な敗北。予測不能な動き。  目の前のボールが、あの時の敵のアバターと重なる。 (……右だ!)  陸斗の目が、ボールの軌道を捉えた。  予測(ロジック)ではなく、反応(リフレクス)。  頭で考えるよりも早く、目が、体が反応する感覚。

「おっ、今のは見えてたな」  健太がニヤリと笑う。 「お前さ、頭いいから『次はこう来るはずだ』って先読みしすぎるんだよな。でもよ、勝負事ってのはナマモノだ。計算通りにいかねぇことの方が多い」  健太はボールを弄びながら言った。 「水泳もそうだ。フォームやペース配分も大事だけど、隣のレーンの奴が予想外のスパートかけてきたり、波が立ったりする。その時に大事なのは、『計算し直す』ことじゃなくて、『体で反応する』ことなんだよ」

 陸斗は、眼鏡についた汗を拭った。  視界がクリアになる。  朝日の昇り始めた河川敷。川面がキラキラと輝き、鳥たちが飛んでいく。  モニターの中の、画素数で構成された世界とは違う、圧倒的な情報量を持つ現実世界。  その中で、自分の体が悲鳴を上げ、心臓が早鐘を打っている。

「……野生的だな、お前の理論は」 「褒め言葉として受け取っとくわ」  二人は土手に並んで座った。  少し離れた場所で、カメラを構えた蒼井悠真がこちらに手を振っているのが見えた。 「あ、悠真だ。あいつ、早起きして撮りに来てたのか」 「……物好きな奴らだ」  陸斗は苦笑いした。でも、悪い気分ではなかった。

6.再起動(リブート)

「なぁ、陸斗」  健太が川を見つめながら言った。 「お前が負けたあの試合、俺には何が起きたのかよくわかんなかったけどよ……一つだけ思ったことがある」 「なんだ」 「お前、途中から『負けないように』戦ってなかったか?」

 ドキリとした。 「相手の動きがヤバいから、ミスしないように、隙を見せないようにって、守りに入ってるように見えた。……水泳でもよくあるんだよ。タイムを気にして、小さくまとまっちまうやつ」  健太は拳を突き出した。 「でもよ、最後に勝つのは『勝ちたい』って気持ちで泳いだ奴だ。理屈じゃねぇ。泥臭くても、カッコ悪くても、指先がちぎれるくらい壁を叩きに行った奴が勝つんだよ」

 陸斗は、自分の手をじっと見つめた。  繊細な操作をするための、細い指。  あの試合、僕は恐怖していた。自分のロジックが通じない相手に。  だから、リスクを避けた。安全な距離を取ろうとした。  それが、あの『NO-FACE』という獣の前では、ただの「逃げ」でしかなかったのだ。

(……僕は、勝ちたかったんじゃない。負けたくなかっただけだ)

 自分の弱さを認めると、不思議と心が軽くなった。  体は鉛のように重いのに、頭の中の霧が晴れていくようだ。  筋肉痛の予感がする腕に、力が戻ってくる。

「……健太。お前のトレーニング理論、一部採用する」  陸斗は立ち上がり、砂を払った。 「お? マジか?」 「基礎体力の向上は、長時間の集中力維持に寄与する。……明日も、付き合ってやる」 「へへっ、そうこなくっちゃな!」  健太が陸斗の背中をバシッと叩く。 「いってぇな! 物理ダメージはやめろ!」

 そこに悠真が駆け寄ってきた。 「お疲れ様。二人とも、いい顔してたよ」  悠真がカメラのモニターを見せる。  そこには、汗だくで倒れ込む陸斗と、それを笑って見下ろす健太の姿があった。  泥臭くて、スマートじゃない。でも、画面の中のアバターよりも、ずっと生き生きとして見えた。

「……悠真、その写真、あとで送ってくれ」 「うん、わかった」 「それと、相談がある。……僕のプレイ動画を撮影して、客観的に分析してほしい」  陸斗の瞳に、再び光が宿っていた。  それは、計算高い策士の目ではなく、獲物を狙う挑戦者の目だった。

「『NO-FACE』……。次は、ただじゃおかない」

 スランプは脱した。  ここからは、反撃のターンだ。  ロジックという武器を研ぎ澄まし、パッションという燃料を燃やす。  デジタルの荒野を歩くための足腰は、今、鍛えられ始めたばかりだ。

(第3話へつづく)

【第1話】 敗北の計算式

スピンオフ:e-Sportsへの道 〜デジタルの荒野を歩け〜

【第1話】 敗北の計算式

1.天才の城

 放課後の特別棟、廊下の突き当たりにある「デジタルコンテンツ研究部(通称デジコン部)」の部室は、真夏だというのにひんやりとした冷気に包まれていた。  遮光カーテンで閉ざされた薄暗い室内。  青白く光るトリプルモニターの前で、秋山陸斗(あきやま・りくと)は、静かに、しかし高速でキーボードとマウスを操作していた。

 カチカチカチッ、タンッ!  メカニカルキーボードの打鍵音だけが、BGMのない部屋に響く。

「……座標確認。敵影、北北東。距離50」  陸斗が呟くと同時に、画面の中のアバターが火を噴いた。  遠距離からの狙撃。ヘッドショット一発。  『WINNER』の文字が画面に躍る。

「……ふぅ。計算通りだ」  陸斗はヘッドセットを外し、眼鏡の位置を直した。  現在、彼は国内最大級のe-Sports大会『サイバー・コロシアム』のオンライン予選に参加している。種目は、彼が得意とするタクティカル・シューティングゲームだ。  反射神経だけでなく、マップの理解度、相手の心理を読む洞察力、そしてリソース管理能力が問われるこのゲームは、論理的思考を好む陸斗にとって、まさに独壇場だった。

「おーい陸斗! 調子どうよ!」  ガララッ、と部室のドアが無遠慮に開けられた。  熱気と共に飛び込んできたのは、水泳部の練習を終えたばかりの浜田健太だ。塩素の匂いと、圧倒的な「陽」のオーラが、陸斗の聖域を侵食する。 「……ノックをしろ、健太。部室の室温が上がる」 「固いこと言うなよ! で、勝ったのか?」 「当然だ。現在、予選ブロック全勝。決勝トーナメント進出確率は98.7%と算出されている」  陸斗は炭酸飲料を一口飲み、淡々と答えた。 「すげぇな! さすが俺の親友! このまま優勝して賞金ゲットだな!」 「優勝はまだ早い。だが、地方予選レベルで僕のロジックを崩せるプレイヤーは存在しない」

 それは、慢心ではなかった。  膨大な練習量とデータ分析に裏打ちされた、純粋な自信だった。  部室のソファには、蒼井悠真も座って写真の整理をしていた。 「陸斗、すごい集中力だったね。後ろから撮ってたけど、微動だにしなかったよ」 「無駄な動きはエイム(照準)のブレに繋がるからな」

 陸斗は画面を見つめた。  プロゲーマーになる。  それは、ただの夢物語ではない。具体的なロードマップを描き、一つ一つクリアしていく現実的な目標だ。  今日の予選決勝。ここで勝てば、プロチームのスカウトの目に留まる可能性が高い。

「よし、次のマッチングだ」  画面に『MATCH FOUND』の表示が出る。  予選決勝の相手が決まった。

2.未知との遭遇

 対戦相手のプレイヤー名は『NO-FACE』。  アバターは初期設定のまま。プロフィール画像もなし。戦績データも非公開。  完全に情報の少ない、不気味な相手だった。

「……捨て垢(アカウント)か? まあいい、データがないなら、試合の中で収集するだけだ」  陸斗は冷静に装備を整え、ラウンドを開始した。

 マップは、入り組んだ市街地。  陸斗は有利な狙撃ポイントを確保し、相手の出方を待った。  定石通りなら、相手は遮蔽物を使って慎重に接近してくるはずだ。そこを、計算し尽くした射線で撃ち抜く。  それが陸斗の必勝パターンだ。

 しかし。  『NO-FACE』は、陸斗の計算を嘲笑うかのように動いた。

 ダダダダッ!  足音を隠そうともせず、正面から突っ込んできたのだ。 「……自殺行為だ」  陸斗は冷静に照準を合わせた。  トリガーを引く。当たる――はずだった。

 ズザァッ!  相手は、陸斗が発砲するコンマ数秒前に、ありえない反応速度でスライディングし、弾丸を躱(かわ)した。 「なっ……!?」  そのまま壁を蹴り、空中に飛び出す『NO-FACE』。  空中で回転しながら、正確無比な射撃を陸斗に叩き込む。

 バシュン!  陸斗の視界が赤く染まり、キャラクターが倒れ込んだ。  『YOU LOSED』

 部室に沈黙が落ちた。 「……え? 今の何?」  後ろで見ていた健太が目を丸くする。 「嘘だろ……。あの距離、あのタイミングで避けるなんて……ラグ(通信遅延)か?」  陸斗は指を震わせながら、次のラウンドへ進んだ。

 しかし、悪夢は続いた。  『NO-FACE』の動きは、陸斗が積み上げてきた「セオリー」を悉(ことごと)く無視していた。  有利なポジションを捨てて特攻してくる。  絶対に撃ち負けるはずの武器で近距離戦を挑んでくる。  まるで、こちらの思考を読んで遊んでいるかのような、獣の動き。

「くそっ……! なんでそこにいる!?」  陸斗の声が荒くなる。  読みが外れる。エイムが追いつかない。  指先が冷たくなり、思考がホワイトアウトしていく。  ロジックが通じない。計算ができない。  画面の向こうにいるのは、人間ではなく、制御不能「嵐」そのものだった。

 『MATCH FINISHED』  『LOSE』

 完敗だった。  スコアは0対13。一点も取れず、一方的に蹂躙された。

3.崩れ去る自信

 陸斗はヘッドセットを毟(むし)り取るように外し、デスクに突っ伏した。  モニターのファンが回る音だけが、虚しく響いている。

「陸斗……」  悠真が心配そうに声をかける。 「……ありえない。あんな動き、プログラムのバグだ」  陸斗は顔を上げず、うめくように言った。  だが、わかっている。  あれはバグでもチートでもない。  純粋な、圧倒的な、才能の差だ。  反射神経、動体視力、そして土壇場での判断力。  自分が「知識」と「計算」で補ってきたものが、野生の「本能」に食い殺されたのだ。

「まぁまぁ、ドンマイだって! 相手が強すぎたんだよ」  健太が励ますように肩を叩くが、その手は今の陸斗には重すぎた。 「……触るな」  陸斗は健太の手を振り払った。 「お前に何がわかる。……僕が積み上げてきたものは、あんなデタラメな奴に負けるほど軽くないはずなんだ……!」

 部室の空気が凍る。  陸斗は立ち上がり、鞄を掴んだ。 「……今日は帰る」  誰の顔も見ずに、陸斗は部室を出て行った。  背中が震えていたのを、悠真は見逃さなかった。

 翌日から、陸斗はスランプに陥った。  簡単な操作ミスをする。  敵の足音が聞こえているのに、体が反応しない。  『NO-FACE』の幻影がちらつき、指が強張る。  「天才」と呼ばれたデジコン部部長のプライドは、粉々に砕け散っていた。

 放課後の部室。  モニターの前で呆然とする陸斗を、悠真と健太は遠巻きに見守っていた。 「……あいつ、重症だな」  健太が腕組みをして言う。 「うん。自信喪失してるみたい」 「どうすりゃいいんだ? ゲームのことは俺にはさっぱりわかんねぇけどよ」  健太はガシガシと頭をかき、そして何かを閃いたように顔を上げた。 「……待てよ。わかんねぇなら、俺のやり方でやるしかねぇな」

「え? 健太、何する気?」  悠真が不安そうに尋ねる。  健太はニカっと笑い、陸斗の背後に忍び寄った。 「理屈でダメなら……これしかねぇ!」

 バァン!!  健太が陸斗の背中を全力で叩いた。 「ぐはっ!?」  陸斗が椅子から転げ落ちる。 「な、何をするんだ野蛮人!」 「うるせぇ! うじうじ考えてるからドツボにハマるんだよ!」  健太は陸斗の襟首を掴み、強引に立たせた。 「明日から俺の朝練に付き合え! 筋肉は脳みそを凌駕する! 汗かいて全部忘れろ!」 「はあ!? 意味が不明だ! 僕はインドア派で……」 「拒否権はねぇ! 朝五時に家の前集合な! 遅れたら水をぶっかける!」

 強引すぎる提案。  しかし、それが、陸斗の止まっていた時間を無理やり動かすきっかけになるとは、この時の彼はまだ知る由もなかった。

(第2話へつづく)

【第4話(最終回)】 決戦と、守り抜いた秘密

スピンオフ:桜庭陽菜の深夜のツッコミ道場 〜正体隠して伝説へ〜

【第4話(最終回)】 決戦と、守り抜いた秘密

10.暗闇の中の温もり

 プツン。  唐突なブラックアウト。  商店街の飲食店「かぐらや」は、完全な闇に包まれた。

「うわっ!?」 「停電か!?」  浜田健太と秋山陸斗の声が重なる。 「キャッ!」  藤沢琴音が短く悲鳴を上げ、神楽坂葵が「お父さん! ブレーカー落ちたかも!」と叫ぶ。  どうやら、業務用の鉄板をフル稼働させながら、大型テレビとエアコン、さらには陸斗のハイスペックPCまで繋いでいたせいで、許容アンペアを超えてしまったらしい。

 そんなパニックの中、桜庭陽菜はフリーズしていた。 (……終わった。配信、切れてもうた……)  スマホの画面は生きているが、Wi-Fiが切れたため映像が止まっている。  これでは、島村周平にツッコミを入れられない。ボタニカル将軍としての職務放棄だ。

 その時。  暗闇の中で、ふわりと温かい気配が近づいてきた。 「……陽菜。大丈夫?」  耳元で、蒼井悠真の声がした。 「悠真、くん……」 「じっとしてて。今、スマホのライトつけるから」  悠真は、怯えている(と勘違いしている)陽菜を安心させるように、そっと彼女の肩に手を置いた。  その手は大きく、熱かった。  陽菜の心臓が、恐怖とは別の理由で早鐘を打つ。 (あかん、暗闇補正で悠真くんの声がイケボすぎる……!)

 パッ。  悠真のスマホのライトが点灯し、テーブルの上を照らした。  同時に、奥から葵のお父さんの「直ったぞー!」という声が聞こえ、店内の照明が一斉に復活した。  ブウン、とテレビも再起動する。

「あー、びっくりした……」 「ビビったのは島村の方だろ。向こうも何かあったみたいだぞ」  陸斗がPCを操作し、配信画面を復旧させる。

『……あ、あ、テステス。聞こえますか?』  画面が戻ると、そこには顔面蒼白でへたり込んでいる島村周平の姿があった。  どうやら向こうの機材トラブルも復旧したようだ。 『い、いやー……今、カメラの電源がいきなり落ちまして……。これ、完全に「霊障」ですね。奴らが僕の配信を止めようとしている……!』

「機材メンテ不足やろがい! 都合よう霊のせいにすな!」  陽菜は心の中で叫んだが、口からは「あはは……怖いね……」という乾いた笑いしか出なかった。

11.ラスト・ミッション

 配信はいよいよクライマックスへ。  島村は、トンネルの最深部にある、行き止まりの壁の前で立ち止まった。 『ここです。ここが、霊の吹き溜まりです……。ん?』  島村がカメラを壁の隅に向ける。 『何か……ありますね。白い……手形のようなものが……』

 ゴクリ。  店内の全員が息を呑む。  カメラがズームする。確かに、コンクリートの壁に、白くて小さな手形のような跡がついている。 『うわあああっ! 動いた! 今、手形が動きましたよ!?』  島村が絶叫し、カメラが激しくブレる。  コメント欄がパニックになる。  『ガチだ!』『逃げろ島村!』『放送事故るぞ!』

 しかし。  陽菜の目は誤魔化せなかった。  彼女の動体視力(ツッコミ・アイ)は、その「正体」を一瞬で看破していた。

(……アホか! あれは手形ちゃう! さっきお前が捨てた軍手が風で転がっただけや!)

 言いたい。今すぐに言いたい。  このままでは、ただのゴミのポイ捨てが心霊現象として処理されてしまう。それは「オカルトウォーカー」の品位(あるのか?)に関わる重大な過失だ。  しかし、今は悠真が隣に座っている。  さっきの停電のせいで、彼はさらに警戒レベルを上げ、陽菜を完全にガードする体勢に入っているのだ。  これではスマホを取り出せない。

「……あ、マヨネーズ切れちゃった」  その時、悠真がふと呟いた。  もんじゃ焼きにマヨネーズをかける派の彼は、容器が空になったことに気づいたのだ。 「陽菜、ちょっと待ってて。新しいの貰ってくる」  悠真が立ち上がり、厨房の方へ歩き出した。

 ――奇跡の空白時間(ロスタイム)、発生。

(今やァァァァッ!!)

 陽菜は神速でスマホを取り出し、テーブルの下に隠した。  指先が残像を残してフリックする。  誤字脱字チェック不要。魂の叫びを文字に乗せる。  送信ッ!

 ボタニカル将軍:『慌てなさんな! よう見ぃ! お前がさっきポケットから落とした軍手やろがい! 自分で捨てたゴミにビビってんちゃうぞ! 拾って帰れエコ泥棒!』

 そのコメントが画面に流れた瞬間、空気が変わった。  視聴者たちが一斉に『軍手www』『巻き戻したらマジで落としてたw』『将軍の観察眼ハンパない』と反応する。  島村もコメントに気づき、恐る恐る「手形」に近づく。 『……あ。……これ、僕の軍手ですね』

 ドッ!  「かぐらや」の店内が爆笑に包まれた。 「なんだよ軍手かよ!」 「将軍すげー! よく見てんなぁ!」 「島村さん、ダサすぎ!」

 恐怖は笑いへと昇華され、配信は「将軍のおかげで神回になった」という大団円で幕を閉じた。  陽菜はスマホをポケットに滑り込ませ、深ーく息を吐いて脱力した。  終わった。  今日もまた、世界の平和と笑いを守りきったのだ。

「……お待たせ。マヨネーズ持ってきたよ」  悠真が戻ってきた。  彼は画面を見て、「あれ、終わったの?」とキョトンとしている。  一番いいところを見逃した彼だが、その手にはしっかりとマヨネーズが握られていた。

12.帰り道の告白(?)

 宴の後。  「かぐらや」を出た六人は、それぞれの家路についた。  悠真と陽菜は、二人並んで夜道を歩いている。  空には月が出ていた。

「……今日は、ごめんね」  悠真がポツリと言った。 「え?」 「みんな盛り上がってたけど、陽菜はずっと下向いて震えてたから。……やっぱり、無理させちゃったよね」

 陽菜は立ち止まり、悠真を見た。  街灯の明かりの下、彼は本当に申し訳なさそうな顔をしている。  陽菜が下を向いて震えていたのは、笑いをこらえながら必死にスマホを操作していたからだ。  でも、悠真はそれを「恐怖」だと解釈し、ずっと気遣ってくれていた。マヨネーズを取りに行ったのも、もしかしたら陽菜が息抜きできるようにという配慮だったのかもしれない(これは考えすぎかもしれないが)。

(……あかん。この人、ええ人すぎる)

 陽菜の胸が、キュウと締め付けられる。  関西弁のオカン人格が、「早よ惚れてまえ!」と野次を飛ばしている。  いや、もうとっくに惚れているのだ。

「ううん。……悠真くんがいてくれたから、大丈夫だったよ」  陽菜は、精一杯の笑顔で答えた。  これは嘘じゃない。  彼が壁になってくれたおかげで正体はバレなかったし、彼の優しさがあったから、このカオスな状況も楽しめたのだ。

「……そっか。なら、よかった」  悠真が安堵の笑みを浮かべる。  そして、少し照れくさそうに頭をかいた。 「実はさ、俺……陽菜が何かに集中してる時の顔、好きなんだ」 「えっ!?」  陽菜の心臓が跳ね上がる。 「部活で花を見てる時とか、さっきお店で下向いてた時も……なんか、すごく真剣で、一生懸命でさ。守ってあげたいなって思うのと同時に、カッコいいなって思うんだ」

 ――勘違いだ。  彼は、「スマホで『軍手やろがい!』と打っている顔」を、「恐怖に耐える真剣な顔」と勘違いして褒めているのだ。  けれど。  その言葉の芯にある「陽菜自身を肯定する想い」は、本物だった。

「……悠真くん……」  陽菜の顔が、茹でたタコのように真っ赤になる。  もう、ツッコミを入れる余裕なんてない。  ただただ、嬉しくて、恥ずかしくて。

「あ、ごめん! 変なこと言って!」  悠真も自分の発言の大胆さに気づき、慌てて顔を背けた。 「と、とにかく! また明日ね! 学校で!」 「う、うん! また明日!」

 二人は逃げるように、それぞれの家の方向へと小走りで去っていった。  夜風が、火照った頬を冷やしていく。

 陽菜は自分の部屋に戻り、ベッドにダイブした。  枕に顔を埋め、足をバタバタさせる。 「……もう、なんなん! 悠真くんのアホ! 大好き!」

 枕元でスマホが震えた。  通知には、『ボタニカル将軍、トレンド入り!』の文字。  ネットの世界ではカリスマ扱いされ、現実では天然な幼なじみに翻弄される日々。  波乱万丈な二重生活は、まだまだ終わりそうにない。

 陽菜は起き上がり、ニヤついた顔を引き締めた。 「……さて。今日のアーカイブ、見直して反省会や!」

 清楚な美少女の仮面の下で、関西弁のツッコミ魂が燃え上がる。  秘密を抱えた恋と笑いの毎日は、今日も続いていくのだった。

(完)