スピンオフ:e-Sportsへの道 〜デジタルの荒野を歩け〜
【第3話】 リベンジ・マッチへの布石
7.罠を張る猟師
夏休み真っ只中のデジコン部部室。 そこは今、さながらプロゲーミングチームの作戦会議室(ウォー・ルーム)と化していた。
「……ここだ。陸斗、この瞬間に指が止まってる」 蒼井悠真がタブレットを操作し、先日撮影した陸斗のプレイ動画を再生する。 画面の中のアバターが一瞬硬直し、その隙に敵の弾丸を食らっているシーンだ。 「くっ……。やはりか」 秋山陸斗は眉間に皺を寄せ、眼鏡の位置を直した。 「敵が予想外の動きをした時、僕は『なぜその動きをしたのか』を思考してしまっている。その0.1秒のラグが、命取りになっているんだ」
悠真は頷き、動画をスロー再生にする。 「でも、こっちの動画を見て。今朝のやつ」 それは、健太との地獄の特訓を経て、少しだけ動きが変わった陸斗のプレイだった。 「反応速度が上がってる。思考する前に、指が動いてる感じだ」 「……筋肉への信号伝達速度が向上した結果だな」 陸斗は照れ隠しのように理屈をこねたが、手応えは感じていた。
二人は、因縁の相手『NO-FACE』のリプレイデータを徹底的に解析した。 彼(彼女?)の動きは野性的でデタラメに見える。 しかし、何度も見返すうちに、陸斗の目にはある種の「法則」が見え始めていた。 「……奴は、音に敏感だ」 陸斗が画面を指差す。 「こちらの足音、リロード音、わずかな環境音。それらに過剰なほど反応して、即座に距離を詰めてくる。……獣だ」 「獣?」 「ああ。思考ではなく、本能で獲物を狩っている。だから、こちらのロジック(定石)が通じない」
陸斗の口角が、ニヤリと上がった。 それは、かつて文化祭で見せた、策士の顔だった。 「なら、対策はある。……獣を狩るには、正面から殴り合う必要はない。奴の習性を利用して、罠にかければいいんだ」
8.「かぐらや」からの補給物資
コンコン。 ノックの音と共に、部室のドアが開いた。 「失礼しまーす! 差し入れだよー!」 入ってきたのは、神楽坂葵と、桜庭陽菜、そして藤沢琴音の女子三人組だ。 葵の手には大きなバスケットが握られている。 「みんな、根詰めてると思って。『かぐらや』特製、スタミナ爆弾おにぎり!」 「わぁ、いい匂い……」 部室に、海苔とごま油の香ばしい匂いが広がる。
「悪いな。ちょうど糖分と塩分を欲していたところだ」 陸斗が礼を言うと、陽菜がニコニコしながらお茶を注いでくれた。 「陸斗くん、健太くんと朝練してるんでしょ? すごいね」 「……まあな。生存本能を刺激されているだけだ」 「ふふ。でも、顔色が良くなった気がするよ」 陽菜の言葉に、陸斗は自分の頬を触った。確かに、以前のような青白さは消え、少しだけ精悍さが増しているかもしれない。
「はい、陸斗くん。これ、指の疲れに効くツボ押し」 琴音が、木製のマッサージグッズを手渡してくれた。 「ピアノの練習でよく使うの。指先を酷使するのは、ゲーマーもピアニストも一緒でしょう?」 「合理的だ。感謝する」
仲間たちが持ち寄ったおにぎりを頬張りながら、陸斗は思った。 一人で画面に向き合っていた時、孤独だった。 画面の向こうの敵しか見えていなかった。 けれど今は、背後にこれだけの仲間がいる。 アナログな温かさが、デジタルな戦場に向かうためのエネルギーに変換されていく。
「よし! 食ったら行くぞ陸斗! 敗者復活戦の時間だ!」 それまで部室の隅で筋トレをしていた浜田健太が、汗を拭いながら叫んだ。 「ああ。……行くぞ」 陸斗はヘッドセットを装着した。 スイッチが入る。
9.騒音という名のバフ
『サイバー・コロシアム』の予選ルールはダブルエリミネーション方式だ。 一度負けた陸斗だが、敗者復活トーナメントを勝ち上がれば、決勝への切符を手にすることができる。 負けられない戦いが始まった。
「よっしゃ行けぇぇぇ! 右だ右! そこにいるぞぉぉ!」 「撃てぇぇ! ビビるなァァァ!」
……うるさい。 陸斗の背後で、健太がメガホンのように声を張り上げている。 本来なら、集中力を削ぐだけの雑音だ。 しかし、不思議なことに、今の陸斗にとってそれは不快ではなかった。
(……思考のノイズがかき消される)
健太の単純明快な(そして大体は見当違いな)指示が、逆に陸斗の頭の中で渦巻く「迷い」や「恐怖」を吹き飛ばしてくれる。 余計なことを考える暇がない。 ただ、目の前の敵に反応し、倒すことだけに集中できる。 健太の声は、陸斗にとって最強の「バフ(能力強化魔法)」となっていた。
タタタンッ! キーボードを叩く指が軽い。 体幹トレーニングの成果か、長時間座っていても姿勢が崩れないため、マウスのエイムが吸い付くように安定している。
『WINNER』 一回戦、突破。 『WINNER』 二回戦、圧勝。
破竹の勢いで勝ち進む陸斗。 そのプレイスタイルは、以前のような「待ち」主体の慎重なものではなく、自ら仕掛け、状況をコントロールする攻撃的なものへと進化していた。 悠真が撮影するカメラのモニター越しに見ても、その鬼気迫る変化は明らかだった。
10.再び、あの場所へ
数時間後。 敗者復活戦の決勝戦。 相手は、全国ランク上位の強豪プレイヤーだったが、今の陸斗の敵ではなかった。 最後は、相手の裏をかく大胆な奇襲で勝利をもぎ取った。
『CONGRATULATIONS!』 『決勝トーナメント進出決定』
画面に表示された文字を見て、部室に歓声が上がった。 「やったぁぁぁ! 行ったぞ陸斗ぉぉ!」 健太が陸斗の首にヘッドロックを決める。 「ぐえっ……苦しい、離せ筋肉ダルマ!」 陸斗はもがきながらも、口元を緩ませていた。 女子たちも拍手喝采だ。 「すごーい! おめでとう!」 「かっこよかったわよ、陸斗」
そして、画面が切り替わり、決勝トーナメントの対戦表(ブラケット)が表示された。 陸斗の名前の横に刻まれた、初戦の対戦相手。
――『NO-FACE』。
やはり、勝ち上がってきていた。 あの時、手も足も出なかった怪物。 部室の空気が、一瞬で張り詰める。
「……来たな」 悠真が静かに言った。 「ああ。望むところだ」 陸斗は眼鏡を外し、クロスで丁寧に拭いてから、かけ直した。 そのレンズの奥で、知性と闘志が静かに、しかし熱く燃え上がっている。
「データは揃った。体調(コンディション)も万全。……そして何より」 陸斗は、周りにいる仲間たちの顔を見渡した。 「僕には、最高のセコンドがついている」
「おうよ! 吠え面かかせてやろうぜ!」 健太が拳を突き出す。 陸斗もまた、小さく拳を突き出し、コツンと合わせた。
決戦は明日。 デジタルの荒野で、一度は折れた心の剣を、仲間との絆で研ぎ直した少年が、リベンジの舞台へと向かう。 準備は整った。
(第4話へつづく)