第10話:総力戦『幽霊たちの籠城』 ~科学除霊 vs 泥臭いド根性~
一月。 年が明け、寒さが骨(ないけど)に沁みる真冬。 世間は正月気分が抜けた頃だが、俺たち第4教場の時間は、あの日から止まっていた。
俺たちは、校舎を覆う青白い『電磁結界』の中に閉じ込められていた。
「報告します! 結界内部の霊気濃度、低下中! このままでは全員、栄養失調で消滅する恐れあり!」
軍曹がバリケードを築きながら叫ぶ。 廊下には机や椅子が積み上げられ、要塞のようになっている。
「マジ電波入んないし……。フォロワーのみんな、私のこと忘れちゃったかな……」 姫(ヒメ)が暗い画面のスマホを見つめて膝を抱えている。 「お腹減ったわあ。線香の一本もないんかえ」 マダムも元気がなく、ヒョウ柄の割烹着がくすんで見える。
除霊師・西園寺(サイオンジ)による兵糧攻めだ。 結界で霊力を削ぎ、弱ったところを一網打尽にする算段だろう。
「……先生、どうするんすか。このまま座して死ぬんすか」 デジタルが乾いた笑いを浮かべる。
俺は立ち上がり、教鞭(指示棒)を握りしめた。
「諦めるな。俺たちは『地縛予備軍』だぞ? しぶとさだけが取り柄だろ」
俺は窓の外を指差した。 正午。約束の時間だ。 校門の前に、西園寺率いる『特務除霊部隊』が整列している。
「来るぞ! 総員、戦闘配置!」
***
バシュッ! バシュッ!
校舎の入り口が爆破(浄化)され、黒スーツの集団が突入してきた。 彼らは手に最新鋭の装備を持っていた。掃除機のようなノズルがついた、巨大なバックパック。 『霊子(エクト)コンプレッサー』。霊体を強制的に吸い込み、圧縮して封印する捕獲兵器だ。
「業務開始。ターゲットは第4教場内の全浮遊霊。抵抗する者はその場で消去せよ」
西園寺の冷徹な声が響く。 部下たちが階段を駆け上がってくる。
「撃てェェェ!!」
3階の踊り場で待ち構えていた軍曹が号令をかける。 ドガガガガッ! 積み上げられていた机や椅子が、ポルターガイスト現象で雪崩のように崩れ落ち、除霊師たちの進路を塞ぐ。
「うわっ!? なんだこの物量は!」 「物理攻撃だと? 野蛮な!」
「今だ! 撹乱しろ!」
次にマダムが飛び出した。 彼女は除霊師たちのど真ん中に突っ込むと、両手鍋とオタマを打ち鳴らした。
カンカンカンカン!!
「ちょっとアンタら! 土足で学校入ったらアカンやろ! 上履き持ってきたんか! 親の顔が見たいわ!」 「うわっ、うるさい!」 「精神攻撃(説教)か!?」
マダムのマシンガントークと騒音攻撃に、インカムの指示がかき消され、部隊の連携が乱れる。
「喰らえ! 俺のネットの呪い!」
隙をついて、デジタルが部隊のタブレット端末を一斉ハッキング。 画面いっぱいに「激辛ラーメンの画像」をポップアップさせて視界を奪う。 さらに姫が、部隊員の暗視ゴーグルに「ドアップの変顔」を投影して精神的ダメージを与える。
「くそっ、なんだこの連携は! データにないぞ!」
除霊師たちが怯んだ。 いける。このまま押し返せば……!
だが、その時だった。
「……非効率だな」
後方から、西園寺が歩み出てきた。 彼は懐から、掌サイズの黒い立方体を取り出した。
「遊びは終わりだ。『広域浄化(ワイド・パージ)』起動」
カッ!! 立方体から強烈な閃光が放たれた。 それは結界内部の霊気を一瞬で焼き払う、科学的除霊の奥の手だった。
「ぐあああああッ!?」
バリケードが消滅する。 マダムが、軍曹が、デジタルが、姫が。 全員が吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。体が半透明になり、消えかけている。
「な、なんだ今の光……力が……入らない……」
西園寺は冷酷に歩を進め、倒れているデジタルの前に立った。 コンプレッサーのノズルを向ける。
「まずは生意気なハッカーから処理するか」 「や、やめ……」
キュイイイイーン…… 吸引音が響く。デジタルの体がノズルに吸い込まれそうになる。
「デジタル!!」
俺は飛び出した。 教官として、生徒を守らなきゃいけない。 だが、俺の霊力も今の閃光で底をついている。どうする? どうすれば……!
その時。 廊下の奥から、爆音が響いた。
ブォォォォン!!
「ええい、どけどけどけェェ!!」
銀之助(ミサイル爺さん)だ! 彼はボロボロの軽トラと共に現れ、廊下を爆走してきた。
「じ、爺さん!? まだ余力が!?」 「わしの流星号はガソリン車じゃ! 霊力など知らん!」
銀之助は西園寺に向かって突っ込む。 しかし、西園寺は動じない。 彼は別のスイッチを押した。
「想定内だ。『対物理障壁(シールド)』」
バチィィン!! 軽トラの前に見えない壁が出現した。 ドシャアッ! 軽トラは壁に激突し、ボンネットが大破して停止した。
「ぐふッ……!」 銀之助がハンドルに突っ伏す。
「ふん。旧式の物理攻撃など通じない」 西園寺は再びデジタルにノズルを向けた。
「終わりだ」
吸引力が最大になる。 デジタルが地面から浮き上がった。
「うわあああ! 先生ェェ!」
「させるかァァッ!!」
俺は走った。 理屈も作戦もない。ただ、デジタルの体を突き飛ばした。
ドンッ! デジタルが射線から外れ、転がる。 その代わり、ノズルの前に立ったのは――俺だった。
「……先生?」
強烈な吸引力が俺の全身を襲った。 抗えない。魂が引き剥がされる感覚。
「がっ、ぐゥ……!」 「ほう、教官が身代わりか。美談だな」
西園寺は表情一つ変えず、出力を上げた。
「先生! 逃げて!」 姫が叫ぶ。 「教官殿!」 軍曹が手を伸ばす。
俺は薄れゆく意識の中で、生徒たちに向かって叫んだ。
「逃げろ……! お前らだけでも……逃げるんだ……!」
そして。 俺の視界は暗転し、小さな箱の中に吸い込まれた。
プシュウゥゥ……。 コンプレッサーの蓋が閉まる音が、遠くで聞こえた。
***
静寂が戻った廊下。 西園寺は、俺が封印された黒いカプセルを手に取った。
「リーダーは確保した。残りの雑魚は放っておいても消滅するだろう」
西園寺は興味を失ったように、倒れている生徒たちを一瞥もしないまま、部下を引き連れて去っていった。
残されたのは、半壊した校舎と、力を失った生徒たち。 そして、大破した軽トラ。
「……先生……」
デジタルが床を殴りつけた。 涙がこぼれ落ちる。
「俺を庇って……クソッ! なんだよあの科学兵器! 勝てるわけねーじゃんか!」
絶望的な空気が支配する。 だが、その時。 大破した軽トラのドアが開き、銀之助が這い出してきた。
「……泣くな、若造」
銀之助は血(エクトプラズム)を流しながらも、その目は燃えていた。
「わしらはまだ、負けておらん」
「で、でも……先生が捕まって……結界もあるし……」
「ハンドルはある!」
銀之助が怒鳴った。
「わしの流星号はまだ走れる! 先生を取り戻すんじゃ! あんなインテリ眼鏡に、わしらの担任を渡してたまるか!」
その言葉に、軍曹が立ち上がる。 マダムが割烹着の紐を締め直す。 姫が涙を拭い、スマホを構える。 デジタルが顔を上げた。
「……そうだな。俺たち、地縛予備軍だもんな」
デジタルはニヤリと笑った。
「あいつらのセキュリティ、俺がズタズタにしてやるよ」
最悪の状況。 だが、彼らの目にはもう迷いはなかった。 狙うは敵の本丸。 卒業検定代わりの、最初で最後の「教官救出作戦」が始まろうとしていた。
(第10話・完)