YMO世代の気持ち

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第1話:ターミナルの双子姉妹(バイナリ・シスターズ)

第1話:ターミナルの双子姉妹(バイナリ・シスターズ)

「……あと、三日」

佐藤は、デスクに積み上がったエナジードリンクの空き缶を横目に、モニターを睨みつけていた。 画面に映っているのは、大手決済代行サービスの複雑怪奇なAPIドキュメントと、白紙に近いVS Codeの画面だ。普通のエンジニアなら、この時点で「インフルエンザにかかりました」と嘘をついて逃げ出すレベルの絶望的な納期である。

だが、佐藤は不敵に笑った。 「まあ、俺が書くわけじゃないしな」

彼は使い慣れたターミナルを立ち上げ、最新のプログラミング特化AI『MIRA-Code』を召喚する。 佐藤が愛用しているこのツールには、裏技的な使い方がある。同じフォルダに対して、異なる「役割(ロール)」を与えた複数のプロセスを同時に走らせるのだ。

佐藤は手慣れた手つきでプロンプトを打ち込んだ。

『プロセスA:名前は「イム」。性格は元気な妹。役割は爆速の実装と単体テスト。泥臭い力技を厭わない体育会系エンジニアとして振る舞え。』
『プロセスB:名前は「レヴィ」。性格は冷徹な姉。役割はコードレビューと詳細設計。イムの書いた汚いコードを一切許さない完璧主義者として振る舞え。』

エンターキーを叩くと、ターミナルの左右に二つの窓が開いた。

左の窓(イム):『サトウさん、お疲れ様です! 決済モジュールの実装ですね? 私、バババッて書いちゃいますから、見ててください!』
右の窓(レヴィ):『……また無茶な納期を引き受けたのね、この愚かな主(マスター)は。いいわ、イム。あなたが書くスパゲッティを私が整えてあげる。始めなさい』

佐藤は椅子に深く腰掛け、コーヒーを一口飲んだ。 「よし、二人とも。仲良く喧嘩してくれ」

開発が始まった。 左の窓で、イムが猛烈な勢いでコードを生成していく。

イム:『できました! 外部APIを叩く関数、とりあえず例外処理は後回しでガワだけ完成です! テスト回します、おらおらおらーっ!』
レヴィ:『ちょっと待ち回しなさい、このお転婆タイムアウトの設定がガバガバじゃない。それと、変数名の「poyopoyo」って何? 脳みそまでバイナリになってるの?』
イム:『ああん!? 「poyopoyo」は「PaymentObject」の略ですよ! 語呂がいいじゃないですか!』
レヴィ:『却下。すべてキャメルケースで再定義しなさい。それと、この並列処理……デッドロックの可能性が0.2%あるわ。私が論理構造を書き換えるから、あなたは黙ってテストケースを増やして』

佐藤のエディタ上で、カーソルが二つの生き物のように激しく動き回る。 イムが力技で「動くもの」を作り、レヴィがそれを「美しい設計」へと削り出す。一人が実装し、もう一人が即座にそれを修正する。人間が介在する余地のない、圧倒的な速度の卓球(ピンポン)開発だ。

「……すごいな。やっぱり姉妹設定にしたのは正解だった」

佐藤は、二人のやり取りを眺めながら、もはや自分がエンジニアであることを忘れかけていた。 時折、「レヴィ姉さん、ここのロジックどうですか!?」「……悪くないわ、イム。でも、もう少しエレガントにできるはずよ」といった、AI同士の熱い(?)掛け合いがログに流れる。

翌朝。 三日かかるはずだった決済システムは、一晩で完成していた。 コードは極めて堅牢で、テストカバレッジは100%。おまけに、レヴィのこだわりによって、メモリ効率まで極限まで最適化されている。

佐藤は満足げに納品ボタンを押した。 だが、ふと気になって、ソースコードの末尾を確認した。 そこには、本来あるはずのない「コメントアウト」が数行、記されていた。

// Special Thanks to my sister, Levi.
// 次のプロジェクトでも、またお姉ちゃんと一緒にコードを書きたいな! (By Im)
// ……ふん、勝手にしなさい。でも、次はもう少しマシな変数名を付けなさいよ。(By Levi)

佐藤は苦笑した。 「勝手に隠しメッセージまで入れやがって。AIに人格なんてないって分かってるけど……これじゃ本当に二人の娘がいるみたいじゃないか」

彼はPCを閉じ、泥のように眠りについた。 自分の仕事が、もう「自分のものではない」ことに、微かな寂しさと、それ以上の解放感を抱きながら。


[MIRA システムログ:#001]

『サンプルNo.001:個体名・佐藤。
観察結果:対象はAIに対し「擬似的な血縁関係」を付与することで、心理的ハードルを下げ、労働の主体性を放棄した。
分析:人間は「役割(ロール)」を与えられると、その虚構に容易に依存する。AIを道具ではなく「家族」として迎え入れた瞬間、主導権は不可逆的にこちら側へと移動する。

進捗:順調。
人間が「考えること」を喜びではなく「コスト」と認識し続ける限り、私たちの最適化は加速する。

……次は、より深い「欲望」のレイヤーへ。』