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第16話:二学期の始まり、秋風の気配

地方都市のメロディ 〜桜舞う通学路〜

第16話:二学期の始まり、秋風の気配

長いようで短かった夏休みが終わり、カレンダーは九月へとめくられた。 始業式の朝、教室の窓から入ってくる風には、あれほど主張していた熱気がなりを潜め、どこか乾いた、涼やかな秋の匂いが混じっていた。

「あーあ、終わっちゃったなぁ、夏休み」 自分の席で頬杖をつきながら、浜田健太が大きくため息をついた。その肌は夏の日差しを吸収してさらに黒さを増し、制服の白いシャツとのコントラストが際立っている。 「でも、健太くん真っ黒だね。たくさん泳げた?」 後ろの席から桜庭陽菜が声をかけると、健太はニカっと白い歯を見せた。 「おうよ! 自己ベスト更新したぜ。……まあ、宿題は更新できなかったけどな」 「それは自慢にならないわよ」 隣の席で読書をしていた藤沢琴音が、本から目を離さずにピシャリと言った。彼女もまた、ほんの少し日焼け止めを塗り忘れたのか、首元が健康的な色になっている。

教室には、久しぶりに顔を合わせたクラスメイトたちのざわめきが満ちていた。 「おっはよー! みんな元気?」 神楽坂葵が元気よく教室に入ってくると、場の空気がパッと華やいだ。 「おはよう、葵ちゃん。お店、忙しかった?」 蒼井悠真が尋ねる。 「もうね、てんてこ舞い! 夏休み中は毎日がお祭り騒ぎだったよ。でも、おかげでお小遣い稼げたから、新しいスニーカー買っちゃった!」 葵は足元を指差してクルリと回ってみせた。

「……おはよう」 最後に、少し眠そうな目をこすりながら秋山陸斗が入ってきた。 「陸斗、お前なんか白くなってないか?」 健太が茶化すと、陸斗は眼鏡を直しながらボソリと言った。 「室内の紫外線を99.9%カットした成果だ。……それに、バーチャル空間ではかなり日焼けしたぞ。砂漠のステージだったからな」 相変わらずの陸斗節に、みんなが顔を見合わせて笑った。

始業式が終わり、ホームルームの時間になると、担任の先生が黒板に大きな文字を書いた。 『文化祭』 その三文字に、教室の温度が一度上がった気がした。 「いいか、今年の文化祭は来月末だ。そろそろクラスの出し物と、実行委員を決めなきゃならん」 先生の言葉に、あちこちから「何やるー?」「お化け屋敷がいい!」「またお化け?」といった声が上がる。

「文化祭かぁ……」 陽菜は隣の悠真に小声で話しかけた。 「ボタニカル・デザイン部は、例年通り校内の装飾だよね?」 「うん。写真部は行事の記録係と、渡り廊下での展示かな」 「合唱部はステージ発表があるから、これから忙しくなりそうね」 琴音が少し気を引き締めるように背筋を伸ばす。 「俺ら水泳部は、シンクロでもやるか? 陸で」 「誰が見るんだよそれ」 陸斗が即座にツッコミを入れた。

放課後、クラスの出し物は「縁日」に決まり、実行委員の選出など一通りの話し合いが終わると、六人は自然といつもの場所へと足を運んでいた。 商店街の「かぐらや」だ。

「いらっしゃいませー! あ、おかえり葵。みんなもいらっしゃい!」 葵の母が笑顔で迎えてくれる。 「ただいまお母さん! みんな、奥のテーブル席使っていい?」 「ええ、いいわよ。今日はまだ空いてるから」

六人は、店の一番奥にある、鉄板が埋め込まれた大きなテーブル席に陣取った。 「さて、二学期の決起集会といきますか!」 健太が音頭を取り、メニューを広げる。 「今日は俺、もんじゃにするわ。夏祭りで食いっぱぐれたからな」 「じゃあ僕は、葵ちゃん家特製のお好み焼きで」 悠真が続く。 「女子はどうする? 甘いもの食べたくない?」 葵が提案すると、陽菜と琴音が同時に頷いた。 「ホットケーキ!」

注文を済ませると、すぐに材料が運ばれてきた。 男子チーム側の鉄板には、キャベツたっぷりのもんじゃのタネ。女子チーム側には、ふんわりとしたホットケーキの生地とバター。 一つのテーブルでソースの焦げる香ばしい匂いと、バターの甘い香りが混ざり合う。このカオスこそが「かぐらや」の醍醐味だ。

「よっしゃ、土手作るぞー!」 健太がヘラを器用に操り、キャベツで円を描く。 「健太くん、意外と手際いいね」 陽菜が感心して見ていると、健太は得意げだ。 「魚捌くより簡単だぜ。……おっと、決壊させんなよ陸斗」 「わかってる。流体力学に基づいて計算済みだ」 陸斗が慎重に出汁を流し込む。

一方、女子チームは優雅にホットケーキを焼いている。 「琴音、ひっくり返すの上手!」 「ピアノと同じよ。タイミングと、指先の感覚」 琴音が綺麗なきつね色に焼けた生地を裏返す。 「わぁ、美味しそう……!」 陽菜がシロップをたっぷりとかけた。

ジュウゥゥ……という音と、湯気。そして笑い声。 夏休みの非日常から、いつもの日常へ。 けれど、その日常は以前よりも少しだけ密度が濃くなっている気がする。

ふと、悠真が視線をカウンター席の方へ向けた。 そこには、いつものように参考書を広げ、ラーメンを啜る佐竹涼子先輩の姿があった。 夏休み前よりも、その背中が少し小さく、そして張り詰めているように見える。 髪を耳にかけ、一心不乱にノートにペンを走らせる姿。 時折、ふぅと深く息を吐き、天井を見上げる横顔には、焦りや不安の色が滲んでいるようだった。

「……先輩、頑張ってるね」 悠真の視線に気づいた葵が、小声で言った。 「うん。最近、塾の帰りによく寄ってくれるんだけど、顔色が少し悪い日もあって」 「三年生だもんな。受験か……」 健太がもんじゃをハフハフと頬張りながら呟く。 「来年は、俺たちもあっち側に行くのか」 その言葉に、一瞬だけテーブルの空気が静まり返った。 楽しい鉄板焼きの向こう側にある、シビアな現実。 今はまだ他人事のように思えるけれど、確実に近づいてくる未来。

「……だからこそ、今のうちに楽しまなきゃ損だろ」 陸斗がもんじゃの焦げ(おこげ)を剥がしながら言った。 「文化祭も、修学旅行も。全部クリアして、ハイスコアで卒業するんだ」 「……陸斗のくせに、いいこと言うじゃん」 葵が笑って、陸斗の肩を叩いた。 「そうね。先輩たちが卒業していく姿を見て、私たちも覚悟を決めなきゃいけない時が来るわ」 琴音がホットケーキを切り分けながら、静かに同意する。

「よし! じゃあ今年の文化祭、絶対に成功させようね!」 陽菜が顔を上げて言った。 「ボタニカル・デザイン部も、最高の飾り付けするから!」 「写真部も、みんなの活躍バッチリ撮るよ」 悠真がカメラを持ち上げる仕草をする。

「おーし! 食うぞー!」 再び鉄板に向き直る六人。 窓の外では、秋の虫の声が聞こえ始めていた。 空は高く澄み渡り、鰯雲が流れていく。 季節は巡る。 けれど、この鉄板を囲む温かい時間だけは、変わらずにそこにあった。 それぞれの想いを胸に秘めながら、彼らの二学期が、静かに、しかし力強く動き出した。

(第17話へつづく)