第5話:高次元の掃除屋 ~フォーマットされる夏~
八月。 蝉時雨がうるさいほどの猛暑日。 陽炎が揺れる校庭で、ガラ(異次元人)が空に向かって奇妙な踊りを踊っていた。
「……あいつ、何やってんだ?」
俺、田中悟が尋ねると、窓際で涼んでいたカイが興味なさそうに答えた。
「通信だよ。彼はずっと言っていたじゃないか。『迎えを待っている』と」 「迎え? 実家の親か?」 「いや。高次元に存在する彼の同胞……いわゆる『宇宙人』と定義される存在だ」
カイはパソコンの画面を見つめたまま言った。
「だが、僕の計算だと、この空間の座標はズレている。正規の迎えが来るとは思えない。来るとしても、それは――」
ズゥゥゥゥン……
突如、重低音が響き渡り、校舎が振動した。 地震ではない。空気が震えているのだ。 真夏の青空に、真っ黒な亀裂が走った。
「来た! 迎えだ!」 ガラが空を指差して喜ぶ。
しかし、亀裂から現れたのは、友好的な宇宙船ではなかった。 それは、幾何学的な形をした巨大な銀色の正八面体だった。 回転しながら降下してくるその物体からは、生物的な気配が一切感じられない。
「……違う」
ナナが顔色を変えて立ち上がった。 彼女の未来端末が、警告音(アラート)をけたたましく鳴らしている。
「あれは『迎え』じゃない! 時空管理局の無人防衛システム……通称『掃除屋(クリーナー)』よ!」
「掃除屋?」
「次元の裂け目から発生したバグや、歴史を歪める特異点を自動的に検知して、『データごと消去(フォーマット)』する管理者よ! ガラ、あなたが信号を送ったせいで、私たちの位置がバレたのよ!」
「エッ……? トモダチ、チガウ……?」 ガラが呆然とする。
巨大な八面体は校庭の上空で静止した。 底面が開き、そこから無数の「銀色の人型(グレイ)」が降ってきた。 彼らに顔はない。全身が水銀のように流動している。
『――汚染区域、確認。これより、浄化プロセスを開始する』
頭の中に直接響く、無機質な声。 銀色の人型が手を振るうと、校庭の鉄棒が、音もなく「消失」した。 破壊されたのではない。最初から無かったかのように、データが消えたのだ。
「やばいっすよ! あれに触れたら存在ごと消される!」 シュレが悲鳴を上げる。
俺は叫んだ。 「総員、迎撃だ! 俺たちの居場所を守れ!」
***
校庭での防衛戦。 しかし、戦況は絶望的だった。
「くそっ、物理干渉が通じない!」
カイが重力操作で瓦礫をぶつけるが、銀色の人型はそれをすり抜けてしまう。 ナナが未来銃(フェイザー)を撃つが、光線は吸収されてしまう。
「あいつら、実体がないわ! 高次元のプログラムそのものよ!」 ナナが叫ぶ。
「物理もエネルギーも効かないなら、どうすればいいんだ!」
人型たちは、機械的に進軍してくる。 触れた花壇が消え、銅像が消え、校舎の壁がデジタルノイズとなって崩れ落ちていく。 『削除、削除、削除……』
「……計算外だ。奴らの処理能力(スペック)が高すぎる」
カイが膝をつく。 彼の「科学」も、ナナの「未来技術」も、この圧倒的な管理者の前では無力だった。 所詮、俺たちはシステムの中のバグに過ぎないのか。
「……アァ……ワタシノ、セイ……」
ガラが震えていた。 自分のせいで、仲間たちが消されようとしている。 ガラは大きな瞳から涙を流し、空の八面体に向かって歩き出した。
「待って! ワタシヲ、消セバ、イイ! ミンナハ、関係ナイ!」
ガラが両手を広げて立ちはだかる。 しかし、人型は止まらない。無慈悲な銀色の手が、ガラに振り下ろされる――。
ガキィィィン!!
鈍い音が響いた。 銀色の腕を受け止めたのは――俺(田中)の腕だった。
「……教官!?」
俺はガラの前に立ち、歯を食いしばって人型の攻撃を耐えていた。 腕が焼けるように熱い。魂が削り取られていく感覚がする。 だが、俺の腕は消滅していなかった。
『エラー。対象のデータ密度、測定不能。……削除できません』
人型の動きが止まった。
「……へえ。どうやら俺は、お前らのゴミ箱には大きすぎて入らないみたいだな」
俺はニヤリと笑った。理由は分からない。だが、俺はこの理不尽な管理者に対して、猛烈に腹が立っていた。
「生徒の失敗は、教官の責任だ。……手出しはさせんぞ」
俺の体から、黄金色のオーラ(1期、2期で培った情熱)が立ち昇る。 それを見たカイが、目を見開いた。
「……そうか! 感情だ!」
カイが叫んだ。
「奴らはプログラムだ! 論理的なデータは処理できても、非論理的な『感情エネルギー(情念)』は処理できない! 教官の怒りが、奴らの処理落ち(フリーズ)を誘発しているんだ!」
「感情……!?」 ナナがハッとする。
「そうだ! 僕たちの持てる最大の『非合理』をぶつけるんだ! 計算不可能なカオスを!」
カイが指示を出す。
「ナナ! 君の『時空歪曲フィールド』を展開しろ! シュレ! お前の『存在のブレ』を最大化しろ! ガラ! 高次元への『ノイズ』を叫べ!」
「分かったわ!」 「はいっ!」 「ウオオオォォォ!!」
ナナが時空を捻じ曲げ、シュレが自身の存在確率を拡散させ、ガラが絶叫する。 未来、並行世界、異次元。 異なる理(ことわり)を持つエネルギーが、俺の背中で渦を巻く。
「カイ! お前はどうする!」
「僕は科学者だ! 君たちのデタラメなエネルギーを、一つのベクトルに束ねる『計算』をする!」
カイが両手を広げ、空中に巨大な数式を描く。 全てのカオスが、俺の右手に集束していく。
「教官! その拳で、あいつらをぶん殴れ!!」
「おう!!」
俺は右手を振りかぶった。 科学とオカルト、論理と感情、全てが混ざり合った一撃。
「学校で! 暴れるんじゃねえぇぇぇ!!」
ズドオオォォォォン!!
俺の拳が、先頭の人型を粉砕した。 その衝撃波は連鎖し、周囲の人型たちを次々とバグらせ、光の粒子へと変えていく。
『致命的なエラー発生。システムダウン。……退避、退避……』
上空の八面体が黒い煙を噴いた。 奴らは「理解不能なバグ(俺たち)」の処理を諦め、逃げるように次元の裂け目へと消えていった。
***
夕暮れ。 静けさを取り戻した校庭。 俺たちはボロボロになりながらも、生き残っていた。
「……助かった、のか」
カイがへたり込む。 ナナが肩で息をしている。シュレとガラが抱き合って泣いている。
「……教官。あなた、一体何者なんですか?」
カイが俺を見上げて言った。
「高次元の消去プログラムを、物理(パンチ)で殴り返すなんて……物理法則を超越している。あなたこそが、この空間における最大の『特異点』なんじゃないですか?」
「知るかよ。俺はただの教官だ」
俺は笑ってごまかしたが、内心では心臓が早鐘を打っていた。 ……俺の拳が光った時、俺の中に流れ込んできた「何か」。 それは、第1期、第2期の生徒たち……かつての仲間たちの記憶だった気がしたのだ。
空を見上げる。 次元の裂け目は塞がっていたが、空の色は相変わらず灰色だった。
敵は撃退した。 だが、これで終わりではない。 あいつら(管理者)は俺たちの存在をマークした。 そして何より、カイとナナの「時間の問題」はまだ解決していない。
俺たちの夏は、まだ始まったばかりだった。
(第5話・完)