第9話:強敵出現『再開発の悪魔』 ~聖なる結界と業務命令~
十二月。 師走(しわす)。教師も走るほど忙しいと言われるこの月、俺たち幽霊教習所の教官もまた、走り回っていた。 ただし、忙しさの質が違う。俺たちは「逃げ回って」いたのだ。
「先生! やばいっす! 駅前のパチンコ屋に住んでた地縛霊、昨日の夜に『消去』されたらしいっす!」
教室に駆け込んできたデジタルが、悲痛な声で報告する。 スマホの画面には、地元の心霊掲示板が表示されている。『駅前の幽霊、マジで出なくなった』『業者が何かやってた』という書き込みが並ぶ。
「消去だと……? 成仏じゃなくてか?」 「はい。強制的な除霊っす。それも、問答無用で魂ごと消滅させるような……」
俺は窓の外を見た。 街のあちこちに、巨大なクレーン車が林立している。 大規模都市再開発プロジェクト。 古い街並みを壊し、最新の商業施設を建てる計画だ。
だが、問題は工事そのものではない。 開発業者が雇ったという、『特務除霊部隊』の存在だ。
「なんとも世知辛い世の中じゃのう」 最前列で、銀之助が渋い顔で茶を啜っている。 「わしらが生きてた頃は、幽霊の一人や二人、近所の名物みたいなもんじゃったが」 「感傷に浸ってる場合じゃないですよ。奴ら、次はこっちに来ます」
俺が言うと、軍曹が立ち上がった。 彼は窓の外を双眼鏡で監視していた。
「報告! 3時の方向より、不審な車両部隊が接近中! 白いワンボックスカー3台! 車体にマーキングあり!」
俺たちは窓に駆け寄った。 校門の前に、真っ白なハイエースが停まった。 車体には、無機質なゴシック体でこう書かれていた。
『(株)サイオンジ・スピリチュアル・ソリューションズ』
「うわ、名前がもう意識高い系でウザい……」 姫(ヒメ)が嫌悪感を露わにする。
車から降りてきたのは、法衣や数珠といった古風な装備ではない。 スタイリッシュな黒スーツに身を包み、インカムとタブレット端末、そして背中に「銀色の噴霧器(タンク)」を背負った男たちだった。
「なんだあれ? 農薬散布か?」 マダムが首を傾げる。
その集団の中心に、一人の男がいた。 銀髪のオールバック。冷徹な眼差し。 彼がタブレットを操作し、指を鳴らすと、部下たちが一斉に動き出した。
***
――校門前。
「警告する。このエリアは再開発指定区域だ。直ちに立ち退きたまえ」
リーダーの男――西園寺(サイオンジ)の声が、拡声器を通して響き渡った。 俺は勇気を出して、校舎の入り口(結界内)から声を張り上げた。
「ここは政府公認(あの世的な意味で)の教育機関だ! お前らに立ち入る権限はない!」
西園寺は俺の方を見上げ、冷ややかに笑った。
「教育機関? 我々の霊的レーダーには『高濃度の汚染区域』としか表示されていないな。……業務開始」
西園寺が合図を送る。 部下たちが背負ったタンクのノズルを構えた。 プシューッ! 噴射されたのは、農薬ではない。白く輝く霧――『高純度浄化塩・ナノミスト』だ。
「ぐわぁぁぁッ!?」
霧が校門の結界に触れた瞬間、バチバチと激しいスパークが起きた。 教習所を守っていた古来の結界が、科学と霊術を融合させたミストによって溶かされていく。
「やべえ! 結界が破られる!」 デジタルが叫ぶ。
「迎撃するぞ! 総員、戦闘配置!」
軍曹が号令をかける。 生徒たちが動き出した。
「ネットの海に沈め! ハッキング・カース!」 デジタルが西園寺たちのタブレットをハッキングしようとする。 しかし。 『アクセス拒否。対呪術ファイアウォール作動』 「嘘だろ!? 俺の呪いが弾かれた!?」
「なら、物理でいくしかないわ!」 マダムがポルターガイストで瓦礫を投げつける。 だが、部下たちはスーツの裏地から「護符」を取り出し、見事な連携で瓦礫を弾き返した。
「くっ、強い……! 個人の霊力じゃ歯が立たない!」
「ええい、じれったい! わしが出る!」 銀之助が懐から軽トラのキーを取り出した。
「待て銀之助! まだ早い!」 俺は止めた。 相手はプロだ。単独で突っ込めば、あのタンクの集中砲火を浴びて、銀之助ごと「浄化」されてしまう。
「じゃあどうすんのよ! もう入ってくるよ!」 姫が悲鳴を上げる。
結界が完全に消滅した。 西園寺たちが、校庭へと足を踏み入れる。 彼らは四方に散らばると、地面に金属製の杭(パイル)を打ち込み始めた。
ドォォォォン……!
四本の杭が共鳴し、青白い光の壁が立ち上がった。 校舎をまるごと包み込む、巨大な檻。 『対悪霊用・電磁結界』だ。
「……完了した」
西園寺がタブレットをタップした。 光の壁が完成し、俺たちは校舎の中に完全に閉じ込められた。 出ようとしても、バチッと弾かれる。
「これで逃げ場はない」
西園寺が冷酷に告げる。
「本日の業務はここまでだ。結界で霊力を弱らせ、明日の正午、一斉突入して『完全浄化(デリート)』を行う。……震えて待つがいい、時代遅れの悪霊ども」
除霊師たちは撤収していった。 残されたのは、青白い結界に囲まれた校舎と、絶望に打ちひしがれる俺たちだけ。
「……マジかよ。圏外になった」 デジタルがスマホを呆然と見つめる。 「出られない……。明日には消されちゃうの……?」 姫が座り込む。
俺は拳を握りしめた。 守れなかった。教官なのに、生徒たちをこんな目に。
「……まだだ」
俺は顔を上げた。
「まだ終わっちゃいない。明日の正午まで時間はある」
俺は生徒たちを見た。 デジタル、姫、軍曹、マダム、そして銀之助。 誰一人、魂までは死んでいない。
「籠城戦だ。……俺たちの『家』を、あんな奴らに渡してたまりますか」
寒風吹きすさぶ12月の夜。 俺たち第4教場の、最初で最後の防衛戦が始まろうとしていた。
(第9話・完)