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第8話:覚醒『オカンの愛、軍曹の盾』 ~孤独死寸前からの生還~

第8話:覚醒『オカンの愛、軍曹の盾』 ~孤独死寸前からの生還~

 十一月。  木枯らしが吹き荒れ、枯れ葉が舞う晩秋。  肌寒さと共に、人肌恋しくなるこの季節は、独り身の高齢者にとって最も過酷な時期でもある。

「今日のターゲットは、この家に住む男性だ」

 俺たちは、下町にある古びた木造一軒家の前にいた。  庭は草が伸び放題、雨戸は閉め切られている。

鈴木 シゲさん(78)。妻に先立たれ、子供とも疎遠。最近は生きる気力を失い、食事もろくに摂っていない。……このままだと、冬を越せずに孤独死する可能性が高い」

 俺の説明に、マダムが眉をひそめた。

「あらやだ。そんなんアカンわ。ちゃんとご飯食べな死んでまうで」 「だからこそだ。俺たちの任務は、彼を脅かして『こんな幽霊屋敷に住んでられるか! 長生きして引っ越してやる!』という生存本能(怒りや恐怖)を呼び覚ますことだ」

 俺たちは壁をすり抜けて屋内に侵入した。

 ***

 家の中は荒れ果てていた。  コンビニ弁当の空き容器、散乱した新聞紙。冷え切ったコタツの中で、シゲさんは虚ろな目で天井を見つめていた。  生きている人間なのに、俺たちよりもよほど死にそうな顔をしている。

「……汚い部屋やねえ」

 マダムが腕まくりをした。ヒョウ柄の割烹着が戦闘モードに入る。

「私が行くわ。こういうシケた顔した爺さんは、尻ひっぱたいてやらんと動かんのよ」

 マダムはシゲさんの枕元に立った。  普通なら恐ろしい顔で覗き込むところだが、彼女は違った。  散らかったゴミ袋を、ポルターガイストでガサガサと激しく揺らしたのだ。

「こら! 起きなはれ! いつまで寝てんの!」

 マダムの念がこもった「説教」が、ラップ音となって部屋に響く。  ドン! ガサガサ!

「う、うわっ!?」  シゲさんが驚いて飛び起きた。

「な、なんだ? 泥棒か?」 「泥棒ちゃうわ! 家政婦や!」

 マダムは止まらない。  台所にあったヤカンを勝手に火にかけ(ガスコンロのスイッチを回し)、コップを宙に浮かせた。

「水飲み! 脱水症状なってるで! ほら、羊羹もあるやないの! 食べ!」

 シゲさんの目の前に、コップと羊羹がふわふわと飛んでくる。  普通なら恐怖映像だ。しかし、そこには奇妙な「生活感」があった。

「ば、婆さん……? 死んだ婆さんが帰ってきたんか?」

 シゲさんが震えながら呟く。  恐怖よりも、懐かしさが勝り始めている。これではSTP(恐怖点)が入らない。

 その時。  ドンドン! ドンドン!  玄関のドアが激しく叩かれた。

「鈴木さーん! いるんでしょー? 点検ですよー!」

 入ってきたのは、作業着を着た若い男二人組だった。  ガラの悪い笑顔。手には契約書。  ……悪徳リフォーム業者だ。  判断能力の低下した老人を狙い、不要な工事を高額で契約させる詐欺師たちだ。

「おい爺さん、屋根が腐ってるぞ。今すぐ直さないと家が潰れる。ハンコ押せよ」 「えっ、いや、金なんてないし……」 「あるだろタンス預金! 探してやろうか?」

 男たちが土足で上がり込もうとする。  シゲさんが怯えて縮こまる。

「……許さん」

 低い声が響いた。  軍曹だ。彼がサーベルの柄に手をかけ、前に進み出た。

「非力な民間人を脅すとは、貴様らそれでも帝国の男か! 恥を知れ!」

 軍曹が号令をかける。

「総員、防御陣形! 本陣(シゲさん)を死守せよ!」 「了解っす! 俺が電波妨害して警察呼べないようにします!」(デジタル) 「わしの愛車で出口を塞ぐか?」(銀之助) 「待て銀之助! 家ごと潰す気か! ここは俺たちに任せろ!」

 軍曹は、男たちの前に仁王立ちした。  そして、全身から凄まじい『威圧感(プレッシャー)』を放った。

「止まれェェッ!! この線から一歩でも入ってみろ! 貴様らの精神を叩き切る!」

 男たちが足を止める。  見えないはずの軍曹の気迫に押され、冷や汗が吹き出る。  そこへ、姫(ヒメ)がスマホを持って現れた。

「サイッテー。弱者いじめとか、マジ映えないわ」

 姫は男たちが持っていたタブレット(契約書用)の画面に飛び込んだ。  画面がノイズで乱れ、そこに姫の顔が大写しになる。  血まみれで、蔑むような冷酷な目。

「あんたたち、ネットに晒されたい? 住所も名前も全部特定して、拡散してあげよっか?」

 『呪いのライブ配信中……』という文字が画面に浮かぶ。  詐欺師にとって、一番怖いのは警察よりも「社会的な死(炎上)」だ。

「う、うわあああ! なんだこのタブレット! 勝手に配信されてる!?」 「やべえ! 逃げろ! 心霊現象とかじゃなくて、ガチでヤベえ!」

 男たちは契約書を放り出し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 ***

 静寂が戻った部屋。  シゲさんは、ポカンとしていた。

「……助かった、のか?」

 そこへ、マダムが温かいお茶(勝手に淹れた)をテーブルに置いた。  コトン。

「……そうか。やっぱり、婆さんが守ってくれたんか」

 シゲさんはお茶を啜り、涙をこぼした。  その目には、さっきまでの死相は消え、微かだが「生気」が戻っていた。

「……掃除、するか。婆さんに怒られるからな」

 シゲさんは立ち上がり、散らかった新聞紙を片付け始めた。

 ***

 ――帰り道。  枯れ葉舞う道を歩きながら、俺はタブレットを確認した。

「……判定。STPは30点。合格ラインギリギリだ」

 点数は低い。シゲさんが「怖がる」というより「感謝」してしまったからだ。  でも、教頭からのメッセージが届いていた。  『特別加点:人命救助および防犯活動。+50点』

「へへっ、やったっすね!」  デジタルが笑う。 「当然であります。民間人を守るのが軍人の務め!」  軍曹が敬礼する。 「ま、あんな汚い部屋じゃ映えないしね。綺麗になってよかったじゃん」  姫がツンデレ気味に言う。 「ホンマ、手のかかる爺さんやったわ。……でも、元気そうでよかった」  マダムが優しく微笑んだ。

 それぞれの「厄介な個性」が、誰かを守るための「力」になった瞬間だった。

 だが、この平穏な日々も長くは続かなかった。  街には不穏なクレーン車の音が響き始めていた。  大規模再開発。そして、それに伴う「強制除霊」の足音が、すぐそこまで迫っていたのだ。

(第8話・完)