第5話:緊急招集! レジェンド幽霊同窓会(前編) ~格の違いと、温泉の湯けむり~
九月。 長月(ながつき)の名の通り、夜が少しずつ長くなり始める秋の入り口。 冷たい秋雨が降る中、第4教場の空気は、湿気とは別の理由で重く沈んでいた。
「……はぁ」
教室のあちこちから、深いため息が聞こえる。 デジタルはスマホをいじりもせず、虚空を見つめている。 姫(ヒメ)は鏡を見ることもなく、机に突っ伏している。 銀之助(ミサイル爺さん)ですら、煎餅を食べる手が止まり、愛車(軽トラ)のへこみを悲しげに撫でている。
無理もない。 先日の「お笑い怪獣」への挑戦は、あまりにも惨めな完全敗北だった。 恐怖を与えるつもりが、笑いに変えられ、説教され、最後にはマダムが飴ちゃんをあげて、「おおきに」と感謝されて帰ってきたのだ。 「化け物」として恐れられるどころか、「気の利くスタッフ」扱いされた。幽霊としてのプライドはズタズタだ。
「先生……俺たち、向いてないんすかね」
デジタルがポツリと言った。
「効率とか言ってたけど、結局、基礎がなってないって言われて……何も言い返せなかったっす」
その言葉に、全員が同意するように俯く。 このままではマズい。自信喪失は悪霊化への第一歩だ。彼らには荒療治が必要だ。 俺は決心して、懐からスマホを取り出した。
「……おい、お前ら。顔を上げろ」
俺は生徒たちを見渡した。
「自信がないなら、取り戻しに行くぞ。……俺の『先生』たちを紹介してやる」
***
俺たちがやってきたのは、人里離れた山奥にある一軒の温泉宿。 『秘湯・黒湯(くろゆ)温泉』。 江戸時代から続くこの宿は、知る人ぞ知る心霊スポットであり、同時に「プロの幽霊たち」が羽を休める社交場でもある。
「えー、マジ圏外じゃん。終わった」 デジタルがスマホを振る。 「なんかカビ臭い……服に匂いつきそう」 姫が鼻をつまむ。 「おい若造! わしをこんな山奥に捨てて、姥捨(うばす)て山にする気じゃろう!」 銀之助が杖を振り回す。
相変わらずの生徒たちをなだめつつ、俺は「先にお風呂いただいてきます」と生徒たちを部屋に残し、大浴場へと向かった。
そこには、俺が連絡を入れておいた「かつての戦友たち」が待っていた。
***
「……ふぅ。生き返るな(死んでるけど)」
湯気が立ち込める露天風呂。 岩風呂のふちに腕を預け、俺は夜空を見上げた。
「遅かったじゃないか、浪人。いや、田中教官」
湯船の奥から、聞き慣れた声がした。 湯気の中から現れたのは、眼鏡を外したインテリ男――エリート(氷室 怜)だ。 今の彼は、大手商社の役員会議室を支配する「執行役員・兼・地縛霊」。その風格は、もはや企業のトップそのものだ。
「久しぶりだな、エリート。……いや、みんなも」
俺は湯船を見渡した。
頭にタオルを乗せ、豪快に湯をかぶる男。北関東の峠を統べるカリスマ、ブッコミ(剛田 猛)。 湯船の隅で気配を完全に消し、お湯と同化している男。国税局の守護神、ぬらり先輩(影山 守)。 そして、なぜか風呂の中でも数珠を離さない男。新宿のカリスマ占い師(の背後霊)、教祖(権田原 金造)。
第104期のレジェンドたちが、裸の付き合いで待っていてくれたのだ。
「悪いな、急に呼び出して」 「水臭えこと言うなよ。俺たちの仲だろ」 ブッコミがニカッと笑い、俺の背中をバシッと叩いた(痛い)。
「それで? 話というのは、例の『崩壊学級』のことですか?」 ぬらり先輩が、消え入るような声で尋ねる。
俺は湯の中に深く潜り、ため息をついた。
「……ああ。正直、自信がないんだ」
俺は素直な心情を吐露した。
「あいつら、個性は強いけど、根っこの部分で自信を失っちまっててさ。俺がもっと器用な教官なら、うまく導いてやれるんだろうけど……俺自身、落ちこぼれだったしな」
俺が弱音を吐くと、エリートがフッと笑った。
「君らしいな。相変わらず自己評価が低い」 「うるせえよ」 「だがな、田中。……『落ちこぼれ』の気持ちが分かるのは、君だけだ」
エリートがお湯を手ですくい、月にかざした。
「僕のような完璧超人には、彼らの痛みは理解できない。ブッコミのような天才肌にも無理だ。……ドジを踏み、遠回りをし、それでも卒業した君だからこそ、彼らに響く言葉があるはずだ」
「そうだぞ! わしを見ろ! わしなんて未だに空中浮遊ができん!」 教祖が胸を張って(威張ることではないが)言った。
「先生、自信持ってくださいよぉ。先生のおかげで、私もこうして存在感(のなさ)を武器にできたんですから」 ぬらり先輩が励ましてくれる。
「……ありがとな、みんな」
俺の目から、温泉とは違う温かいものがこぼれそうになった。 そうだ。俺は一人じゃない。こいつらがいる。
「よし! じゃあ早速、その問題児どもの顔を拝みに行こうぜ!」 ブッコミが立ち上がった。
「ああ。手加減はしないぞ。僕たちの『格』の違いを見せつけてやろう」
***
風呂上がり。俺たちは宴会場へと移動した。 そこには、浴衣に着替えたみーちゃんも合流していた。
「久しぶり、おにいちゃん! また身長伸びた?(伸びないけど)」 「みーちゃんも元気そうだな」
レジェンドたちが上座に座り、貫禄たっぷりに待ち構える。 そこへ、部屋でふてくされていた生徒たちが入ってきた。
「えー、何ここ。宴会? ダサッ」 姫が露骨に嫌な顔をする。 「早く帰ってゲームしたいんすけど」 デジタルがあくびをする。
生徒たちは、目の前にいるレジェンドたちの凄さに気づいていない。
「紹介する。俺の同期であり、今や各界で伝説となっているプロの幽霊たちだ」
俺の言葉に、デジタルが鼻で笑った。
「はぁ? プロ? なんか古臭い人たちばっかなんですけどー。あの特攻服とか、いつの時代のコスプレ?」 「それに、あの眼鏡の人……エリートぶってるけど、なんか鼻につくっすね。昭和のパワハラ上司って感じ」
デジタルと姫が、恐れ知らずにも毒を吐く。 さっき風呂場で俺を励ましてくれた仲間たちが、侮辱された。俺の中で何かが切れそうになった。 その瞬間。 部屋の温度が5度下がった。
「……ほう」
エリートが眼鏡の位置を直し、ゆっくりと立ち上がった。 その全身から、ビジネス街で磨き上げられた冷徹なオーラが噴き出す。
「『効率』や『映え』を気にするのは結構だが……君たち、実績(数字)は出しているのかね?」 「うっ……」 「我々は、君たちが遊び半分でやっている『脅かし』を、ビジネスとして成立させている。その意味が分かるか?」
エリートが指を鳴らすと、ぬらり先輩がスッと音もなくデジタルの背後に移動していた。
「うわっ!? いつの間に!?」 「……君のスマホ、セキュリティが甘いですよ。……パスワード、覗き見しちゃいました……」 「なッ……俺が気づかないレベルで背後に!?」
ぬらり先輩の神業(気配消去)に、デジタルが青ざめる。 続いて、みーちゃんがニコリと笑って姫に近づいた。
「おねえちゃん、カワイイね♡」 「え、あ、ありがとう……?」 「でもぉ……」
一瞬で、みーちゃんの顔が崩れた。 眼球が飛び出し、口が裂け、怨念の黒いオーラが姫を包み込む。
「『覚悟』が足りない顔だね」
「ヒィッ!?」 姫が腰を抜かしてへたり込む。 ただの顔芸ではない。何百回とカメラの前で演じてきた、プロの「見せ方」だ。格が違う。
「ええい、騒がしいのう!」
そこで、銀之助が割って入った。
「誰じゃお前らは! わしより偉いんか! わしは運転歴60年じゃぞ!」 「あァ?」
ブッコミが立ち上がり、メンチを切った。
「ジジイ、表出ろや。その『運転歴』とやらが本物か、峠(ここ)で確かめてやるよ」 「望むところじゃ! わしの流星号でちぎってやるわい!」
バチバチと火花が散る。 新旧問題児対決だ。
エリートは俺を見た。 眼鏡の奥の瞳が、「やるぞ」と語りかけていた。
「いいだろう。今夜から朝まで、地獄の合同合宿を行う」
エリートは生徒たちを冷ややかに見下ろした。
「泣いて逃げ出すなら今のうちだぞ、ゆとり世代。……我々レジェンドが、教育的指導をしてやる」
「上等っすよ……!」 デジタルが震える声で返した。
こうして、温泉宿を舞台にした、レジェンドvs新人の、プライドを懸けた一夜が幕を開けた。
(第5話・完)