第4話:特別実習『お笑い怪獣』 ~笑いと恐怖のスパルタ指導~
八月。 アスファルトが溶けそうなほどの猛暑日が続く、真夏。 お盆休みで浮かれる現世の人々を他所に、俺たち第4教場の面々は、都内某所にあるテレビ局のスタジオ裏に潜伏していた。
「あー、暑っ。無理。冷房効いてるけど照明の熱がヤバイって」 姫(ヒメ)が着物の襟をパタパタと扇いでいる。 「通信環境は良好。ここ、局のフリーWi-Fi飛んでますね」 デジタルがスマホを掲げてニヤリとする。
俺、田中悟は、生徒たちを集めて円陣を組んだ。 前回の花子さん特別授業での失敗(トイレ全壊)を受け、俺たちは後がない状態だ。
「いいか、よく聞け。今日のターゲットは、これまでとは格が違う」
俺は緊張で喉を鳴らした。
「日本で最も喋り、最も笑い、そして最も『空気』を読む男。通称・お笑い怪獣(モンスター)……大御所芸人・アカシヤだ」
その名を聞いた瞬間、生徒たち(特にマダムと姫)がどよめいた。
「ええっ!? アカシヤちゃん!? あの大御所!?」 「マジで? 超大物じゃん! これバズるわ!」
「浮かれるな! 奴は『笑いの神』に愛された男だ。幽霊は見えないはずだが、その異常な勘の鋭さは霊能力者をも凌駕する。生半可な脅かしは全て『笑い』に変換されて無効化されるぞ」
俺は生徒たちを見渡した。
「目標は、奴を少しでもビビらせること。奴のペースに巻き込まれるなよ!」
***
決戦の場は、本番前の楽屋。 「アカシヤ様」と書かれた貼り紙のある個室だ。 中では、テレビで見る通りの出っ歯が特徴的な男が一人、高級焼肉弁当を食べていた。
まだ誰も何もしていないのに、部屋の中には圧倒的な「圧」が充満している。 これが、お笑い怪獣のオーラか。
「よし、一番手! デジタル!」
俺の合図で、デジタルが前に出た。
「へっ、芸人だか何だか知らないっすけど、デジタルの力で黙らせてやりますよ」
デジタルはスマホを操作し、楽屋に設置された大型モニターをハッキングした。
「『デジタル・カース』、起動!」
ザザッ、ザザザーッ! モニターの画面が激しく乱れ、不気味な砂嵐ノイズと共に、耳障りな金切り音が大音量で流れる。 いきなりの音響攻撃。普通なら箸を止めて驚くはずだ。
しかし、アカシヤは箸を止めなかった。 むしろ、箸を持ったまま、見えない誰かに向かってツッコミを入れた。
「……おいおい、早いわ!」
「えっ?」 デジタルが固まる。
「今、わしがキムチを口に入れようとした瞬間やないか! 一番酸っぱいとこで音鳴らされたら、口の中がパニックになるやろ! そこは『飲み込んで一息ついた時』や! 間(ま)が悪すぎるわ!」
「だ、ダメ出しされた……!?」 デジタルが動揺する。 アカシヤはモニターを一瞥もしないまま、弁当を食べ続けた。
「ハイテクなのはエエけどな、芸がないわ。ノイズだけ流してどうすんねん。そこに『誰かの怨念』とか『メッセージ』がないと、ただの故障やんか。視聴者はそこが見たいねん」
「くっ……物理切断よりキツイ……!」 デジタルが膝をつく。理論武装していた現代っ子が、お笑い理論で論破された。
「次は私が行くわ! 映えなら負けない!」
二番手、姫が突撃する。 彼女はアカシヤが髪型をチェックしようと鏡台に向かった瞬間を狙った。
「見てて! 最高に怖カワイイ自撮りアングル!」
姫は鏡の中に侵入し、アカシヤの背後からニョキッと顔を出した。 顔面蒼白、口から血を流した、Jホラー定番の心霊写真スタイルだ。
だが、アカシヤは鏡越しに姫(の気配)を見て、首を傾げた。
「アカンアカン。お姉ちゃん、位置が悪いわ」
「は?」 姫が素っ頓狂な声を出す。
「わしの右肩から顔出したら、メインのカメラ(想定)から被ってまうがな! そこは『左肩』や! ほんで、ちょっと血糊が多すぎる! それじゃ『怖い』より『汚い』が勝ってまう! 視聴者が引くラインを計算せな!」
「えっ、うそ、メイク濃すぎ……?」
「もっと引き算せな! チラリズムや! 全部見せたら飽きられるで!」
姫は鏡の中で、自分の血糊メイクを必死に直し始めた。完全にペースを持っていかれている。
「ええい、軟弱者どもめ! 気合が足りんのだ!」
三番手、軍曹が飛び出した。 彼はアカシヤの目の前に仁王立ちし、腹の底から怒号を上げた。
「貴様ァ! 食事が終わったら直ちに姿勢を正せ! 日本男児たるもの、背筋を伸ばさんかァァ!」
空気がビリビリ震えるほどの怒気。 しかし、アカシヤは「ヒャーッ!」と引き笑いをした。
「出た! 『怒鳴りキャラ』や! おるおる、若手でこういう勢いだけのヤツ!」
「な、なんだと!?」
「声はエエけどな、中身がないわ! 怒鳴った後に『……って、なんでやねん!』っていうオチがないと、ただのパワハラやで? 昭和の芸風を令和に持ち込むなっちゅうねん!」
「ぐぬぬ……! 貴様、上官に向かって……!」
軍曹までもが手玉に取られた。 こいつ、強い。強すぎる。 幽霊が見えていないはずなのに、その場の「違和感」を全て笑いのネタとして処理している。 恐怖を感じる隙間がないのだ。
その時。 今まで黙って煎餅(楽屋にあったもの)を盗み食いしていた銀之助(ミサイル爺さん)が、杖を持って立ち上がった。
「ええい、やかましい男じゃ! ごちゃごちゃと理屈ばかりこねおって!」
「じ、爺さん!? 待て、ここはテレビ局だぞ!」
銀之助は俺の制止を聞かず、構えを取った。
「わしの走りに理屈はいらん! 轢いてやる!」
ドゴォォォォン!!
楽屋の壁が爆砕した。 粉塵と共に、白い軽トラが強引にバックで突っ込んできた。 狭い楽屋にめり込む軽トラ。ひっくり返るテーブル。舞い散る焼肉弁当。
さすがのアカシヤも、これには驚くだろう――。
「ヒャーッハッハッハッハ!!」
アカシヤは、埃まみれになりながら、腹を抱えて爆笑していた。
「すげえなオイ! いきなり『出オチ』かいな! 楽屋に軽トラて! ドリフでもやらんでそんなん!」
「な、なんじゃと……!?」 銀之助がハンドルを握ったまま固まる。
「じいさん、アクセル全開なんはエエけどな、その後の『ひと言』用意してへんのかい! 壊してシーン……って、放送事故やがな! そこは窓から顔出して『道、間違えましたわ~』とか言わな!」
「ぐぬぬ……わしの走りが……ただの『出オチ』じゃと……?」
銀之助、完全敗北。 最強の物理攻撃すら、「大掛かりなセットを使ったコント」として処理されてしまった。
***
「……あかんなあ、君ら」
アカシヤは、埃を払いながらホワイトボードの前に立った。 そして、見えない俺たちに向かって講義を始めた。
「ええか、お化け諸君。よう聞きや。恐怖も笑いも一緒や。『緊張と緩和』や」
アカシヤがマジックで『緊張』『緩和』と書く。
「ずーっと怖い顔しててもアカン。ずーっと怒鳴っててもアカン。 日常という『緩和』の中に、異物という『緊張』が混ざるからビビるんや。 逆に、ガチガチに緊張したあとに、スコーンと抜くから笑えるんや。 これを『フリとオチ』と言うんや!」
生徒たちが、思わずメモを取り始めた。 悔しいが、正論だ。俺たちが教官から教わった理論と、本質は全く同じだ。
「タイミング、間、そして相手の想像力を利用する。……君ら、もう一回NSC(養成所)からやり直してき!」
「……はい、師匠」 姫が思わず返事をした。
その時、マダムがおずおずと前に出た。 彼女は懐から「黒糖飴」を取り出し、アカシヤの机にそっと置いた。
「……あんた、よう喋るねえ。喉乾くやろ。これ舐めとき」
アカシヤがふと、机の上の飴に気づいた。 誰もいないはずの空間から、突然現れた飴。 一瞬、アカシヤの動きが止まった。
「……飴ちゃん? 誰や? オカンか?」
アカシヤはニカッと笑い、飴を口に放り込んだ。
「せやな。喉乾いたわ。……おおきに」
その瞬間。 教官用タブレットの数値が動いた。 STP(恐怖点)……ゼロ。 しかし、『好感度』と『芸人ランク』が爆上がりしたような気がした。
***
――帰り道。 俺たちは敗残兵のように肩を落として歩いていた。
「完敗だ……」 「勝てねえ……あの人、メンタル最強すぎる……」 「わしの軽トラを『ドリフ』呼ばわりとは……」
全員、自信喪失。お通夜状態だ。 だが、デジタルがふと呟いた。
「でも、なんか……勉強になったっすね。『間』とか」 「そうね。私、ただ盛ればいいと思ってたけど、引き算も大事なんだ……」
生徒たちの目から、慢心が消えていた。 プロの壁にぶつかり、砕かれたことで、初めて「基礎」の大切さを知ったのだ。
俺が最後尾を歩いていると、背後から気配を感じた。 振り返ると、楽屋の窓からアカシヤがこちらを見ている気がした。 彼は見えないはずの俺に向かって、ニッと笑い、肩をポンと叩くジェスチャーをした。
『先生もな、生徒がスベった時にフォローするんが腕の見せ所やで?』
その声が聞こえた気がして、俺はハッとした。 そうだ。俺はあいつらが失敗した時、ただ怒鳴っていただけだ。 あいつらの個性を活かして、どう着地させるか。それを考えるのが俺の仕事じゃないか。
「……ありがとう、怪獣」
俺はスタジオに向かって深く一礼した。 STPはゼロだったが、俺たちの幽霊レベルは、確実に1つ上がった。
こうして、プライドをへし折られ、基礎の大切さを知った俺たちは、次なるステップ――かつての仲間たちが待つ「レジェンド同窓会」へと向かうことになる。 そこで待つのは、慰めか、それとも更なる地獄の特訓か。
(第4話・完)