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第2話:実習『スマートホーム』 vs 『アナログ破壊』 ~梅雨空と暴走ルンバ~

第2話:実習『スマートホーム』 vs 『アナログ破壊』 ~梅雨空と暴走ルンバ~

 六月。  現世もあの世も、鬱陶しい雨の季節――梅雨がやってきた。

 幽霊教習所の古びた木枠の窓を、シトシトと冷たい雨粒が絶え間なく叩いている。  教室の中は湿気が充満し、カビと線香が混ざったような独特の匂いが漂っていた。幽霊にとって、低気圧と湿気は大敵だ。霊体が水分を含んで重くなるし、俺の場合は死因である後頭部の古傷がズキズキと痛む。

「あー、マジだる。湿気で髪の巻きが取れるんですけどー。これじゃ映えないわ」

 教室の窓際で、姫(ヒメ)がスマートフォンのインカメラを鏡代わりにしながら、前髪をいじって文句を垂れている。

「貴様、根性が足りんぞ! 雨音は精神統一の好機! 心頭滅却すれば湿気もまた火の如し!」

 その横で、軍曹が空気椅子でスクワットを繰り返している。彼の熱気のせいで、周囲の窓ガラスが白く曇っていた。

「あらあら、みんなイライラして。ほら、冷たい麦茶でも飲み」

 マダムがどこから出したのか分からないポットで茶を配り歩いている。だから授業中だと言ってるだろ。

 俺、田中悟は湿ったため息をつきながら、黒板の前に立った。  教壇には、まだ前回の授業で銀之助(ミサイル爺さん)が開けた風穴の修理跡が生々しく残っている。

「席についてもらえますかー。今日は初めての実習だぞ」

 俺の声に、生徒たちがダラダラと席に戻る。  ただ一人、最前列の銀之助だけは、補聴器を外して、湿気ってふにゃふにゃになった煎餅を無理やり噛みちぎろうと格闘していた。

「おい爺さん、煎餅をしまえ。大事な話をする」 「あ? なんじゃ、もう昼飯か?」 「まだ夕方だ! ……いいか、現場に出る前に、評価基準と『絶対厳守のルール』をおさらいする」

 俺は教鞭(指示棒)で黒板を叩いた。  ここを理解していないと、即・地獄行きだ。

「まず、我々幽霊の目標は、ターゲットを怖がらせて『STP(ショック・テラー・ポイント)』を稼ぐことだ」

 俺はタブレットを操作し、モニターにグラフを表示した。

「採点は、ターゲットの『心拍数』『悲鳴の大きさ(デシベル)』『トラウマ深度』の3点で決まる。心臓をバクバクさせ、デカイ声で叫ばせ、一生忘れられない恐怖を与えれば高得点だ」

 ふむふむ、と軍曹がメモを取る。

「だが! それ以上に重要なのが『NG行動(禁止事項)』だ」

 俺は声を張り上げ、赤チョークで書かれた項目を指差した。

  1. 物理的加害の禁止: 相手を怪我させる、心臓発作で死なせる等は一発アウト。即座に『無限灼熱地獄』へ強制送還となる。
  2. コメディ認定の禁止: 正体がバレて笑われる、コスプレだと思われる等は大幅減点。幽霊の威厳に関わる。
  3. 過度な器物損壊: 演出のための小道具破壊は許されるが、建物そのものを倒壊させるなどのやり過ぎは、修理費が教官(俺)の給料から引かれるため厳禁とする。

「特に3番目! 分かってるな銀之助! 壁を壊すなよ!」

 俺が睨むと、銀之助は「あー、聞こえんのう」とわざとらしく耳をほじった。  不安しかない。

「先生、質問」  パーカーのフードを目深に被った少年、デジタルが手を挙げた。

「物理干渉とか時代遅れっしょ。俺、ハッキングで精神的に追い詰めるんで、器物損壊とかしないっすよ。エコでスマートな恐怖、見せてやります」 「……ほう。自信があるようだな」

 デジタルはスマホ(画面バキバキ)を回してニヤリと笑った。

「今回の実習、俺に仕切らせてください。昭和の幽霊みたいなダサい物理攻撃より、令和のデジタル・ホラーの方がSTP稼げるって証明しますよ」

 その言葉に、銀之助がピクリと反応した。  煎餅のカスを飛ばしながら噛み付く。

「なんじゃ若造、わしの運転技術をダサいと言うか? わしが若い頃はのう、ミゼットで峠を攻めたもんじゃ」 「だからいつの時代の話だよ。今はIoT(モノのインターネット)の時代なんだよ。ジジイはすっこんでろ」

 バチバチと火花が散る。  最新テクノロジー信者のデジタルと、暴走老人・銀之助。  水と油、いや、5Gスマホと黒電話のような決定的な断絶がそこにはあった。

「いいから行くぞ! 現地集合だ!」

 俺は胃の痛みを覚えながら、号令をかけた。

 ***

 現場は、雨に煙る都心のマンション、25階。  下界を見下ろすようなガラス張りのリビングは、生活感が極端に薄かった。  ターゲットは、ITベンチャー企業に勤める独身男性(30代)。在宅ワーク中らしく、複数のモニターに囲まれている。

 部屋の中は冷房がガンガンに効いており、無機質なサーバーの稼働音がブーンと唸っている。  これが本日の舞台、『スマートホーム』だ。

「うわ、寒っ。なにこの部屋、冷え性の敵やわ」  マダムが二の腕をさすりながら眉をひそめた。

「よし、デジタル。ルールは分かってるな? 怪我をさせず、恐怖を与えるんだ」 「了解っす。見ててください」

 デジタルが部屋の中央に進み出た。  ターゲットの男性は、ソファでタブレットを操作し、株価のチャートを眺めている。

「へっ、パスワードが『password1234』とかザルすぎ。セキュリティ意識低すぎワロタ」

 デジタルは空中に浮かべた仮想キーボードを高速で叩いた。

「まずは照明から……『ポルターガイスト・モード』、オン

 パッ、パッ、パッ。  部屋の間接照明が、不規則なリズムで明滅を始めた。  通常の色温度ではなく、毒々しい赤や紫の光が部屋を染める。

「お?」  ターゲットの男性が顔を上げた。俺の手元の採点タブレットを見る。心拍数は……『平常』。

「なんだ、スマート電球のファームウェア更新か? バグったかな。あとでサポートに連絡するか」

 ……反応が薄い。  やはり現代人は、ちょっとした不具合程度では「怪奇現象」とは結びつけないのだ。「バグ」という便利な言葉で処理してしまう。

「チッ、ならこれだ。AIスピーカー、起動」

 『ポーン。こんばんは』  突然、部屋のスピーカーが喋り出した。  『お前を見ているぞ……お前を見ているぞ……データを消すぞ……』

「どうだ! 現代人にとって一番怖い『データ消失』の脅迫!」  デジタルが勝ち誇る。しかし。

「うわ、外部からのアクセスか? 乗っ取り? 気持ち悪っ。マイク切っとこ」  ブツッ。  男性は無表情でコンセントを引っこ抜いた。

「ああっ!? 俺の呪いが物理切断された!」 「甘いな、デジタル」

 俺は腕組みをして言った。  「現代人はデジタルバグやハッキングに慣れすぎている。モニター越しの恐怖には耐性があるんだ。もっと生理的な恐怖、アナログな感覚に訴えないと……」

「ええい、じれったいのう!」

 突然、怒鳴り声が響いた。  しびれを切らした銀之助だ。彼は仁王立ちになり、床を杖で叩いた。

「電気がチカチカ、機械がブツブツ……そんなもんが怖くて怪談ができるか! わしに貸せ!」

 銀之助がズカズカとリビングに進み出る。

「おいジジイ、何する気だ! ルール聞いたろ! 器物損壊はNGだぞ!」 「やかましい! わしが『直し方』を教えてやる!」

 銀之助が目につけたのは、床で充電中のロボット掃除機(ルンバ的なもの)だった。

「なんじゃこの平べったいのは。カブトガニか?」 「触んな! それは掃除ロボットだ!」 「ロボットだと? ……ふん、こんなもん、叩けば動くんじゃ!」

 銀之助はあろうことか、持っていた杖でロボット掃除機をガンッ! と全力で殴りつけた。

 『ピピピッ! 警告! 衝撃検知! エラー発生!』  掃除機が赤いランプを点滅させ、不穏なモーター音を上げ始めた。

「ああっ! 精密機械を叩くな! 昭和のテレビじゃねーんだぞ!」 「うるさい! 昔の機械は斜め45度からチョップすれば直ったんじゃ! 気合が足りんのじゃ!」

 銀之助は止まらない。  彼は部屋の隅にあった、壁掛け式の巨大な液晶テレビのリモコンを手に取った。  多機能すぎてボタンが無数にある、高齢者殺しのリモコンだ。

「なんじゃこのボタンの多さは! アクセルとブレーキはどこじゃ! ウィンカーはどれじゃ!」 「リモコンにアクセルはねえよ!」

 銀之助は「ええい!」とめちゃくちゃにボタンを連打した。親指でグリグリと、全ボタン同時押しの勢いで。  すると、デジタルのハッキングで不安定になっていたシステムと、銀之助の物理連打が、壊滅的な化学反応を起こした。

 ギュイイイイーン!!

 電動カーテンが高速で開閉を繰り返し、窓ガラスをバシバシと叩く。  エアコンが「暖房30度」と「冷房18度」を0.1秒間隔で切り替え、送風口から白い煙(結露)を吐き出す。  そして、暴走したロボット掃除機が、高速回転しながらターゲットの男性の足元へ突撃した。

「うわあああ! 熱っ! 寒っ! 痛っ! なんだこれ!?」  男性がパニックになってソファの上に飛び乗る。  心拍数モニターが急上昇する。『ピピピピ!』

「よし! STP稼げてるぞ! でもこれ以上やるとNG行動の『過度な破壊』に……」

 俺が止めようとした時、銀之助の目が座った。  彼は腰を落とし、見えないハンドルを握るポーズをとった。

「いかん、制御不能じゃ! わしの愛車で止めるしかない!」 「やめろ馬鹿! マンションの25階だぞ! 床が抜ける!」 「わしの辞書に『一旦停止』の文字はない!」

 ドゴォォォォン!!

 狭いリビングに、突如として白い軽トラが出現した。  バンパーはへこみ、泥だらけの車体が、高級マンションのフローリングに鎮座する。  シュールすぎる光景だ。タイヤからはまだ田んぼの泥が滴っている。

「ぬん! バックオーライ!」

 銀之助は運転席に飛び乗ると、ギアを『R(ロケット)』に入れた。  排気ガスが充満し、スプリンクラーが作動する。  軽トラが爆音を上げてバックし、暴走するロボット掃除機を轢き潰し、そのまま勢い余って――

 ガシャアァァァァン!!

 最新の80インチ有機ELテレビに突っ込んだ。  火花が散り、黒煙が上がる。

「ひ、ひいいいいいッ!! 軽トラ!? なんで家の中に軽トラが!?」

 ターゲットの男性は、デジタルのハッキングには眉ひとつ動かさなかったが、理屈の通じない「室内の軽トラ」という暴力的な怪奇現象には、腰を抜かして絶叫した。

「バグだ! いやバグじゃねえ! テロだぁぁぁ!」

 男性はタブレットを放り投げ、裸足のまま玄関から逃げ出した。  警報ベルが鳴り響き、水浸しの部屋には軽トラのアイドリング音だけが虚しく響いていた。

 ***

 ――教習所、反省会室。

 俺たちは、ずぶ濡れのまま正座させられていた。  目の前には、激怒した教頭(元・鬼教官)がいる。  教頭のこめかみの血管が、切れそうなほど脈打っている。

「……判定」

 教頭の声が地を這うように響く。

「ターゲットは恐怖のあまり退去。STPは文句なしの100点満点だ」

 おおっ?  顔を上げるデジタルと銀之助。しかし。

「だがな……冒頭で田中が説明したはずだ。『過度な器物損壊』は厳禁だと! 誰がマンションの一室を全壊させろと言ったァ!! 損害賠償いくらだと思ってるんだ! STPは没収! さらに修理費は担任である田中の給料から天引きだ!」

「そ、そんなぁ……!」

 俺はその場に崩れ落ちた。  まただ。また俺の給料が消える。  デジタルが舌打ちをする。

「チッ、だから言ったんすよ。アナログなジジイと組むとロクなことないって。俺のハッキング計画が台無しっすよ」 「なんじゃと!? わしの運転技術のおかげでロボットの暴走を止めたんじゃろうが! 感謝せい!」 「止めてねえよ! トドメ刺しただけだろ!」

 掴み合いの喧嘩を始める若者と老人。  それを自撮りして「ウケるw 内輪揉めなう」と投稿する姫。  「貴様ら、たるんでいる! 自分への腕立て伏せ100回だ!」と叫び、一人で筋トレを始める軍曹。  「まあまあ、喧嘩せんと。飴ちゃん食べる?」と場違いな仲裁に入るマダム。

 窓の外では、梅雨の雨がまだ降り続いている。  俺の心も、土砂降りだった。  前途多難なんてレベルじゃない。  これは、終わりのない交通事故の始まりだった。

(第2話・完)