最終話:免許返納(卒業) ~サヨナラは春風に乗って~
三月。 ビル風に乗って、どこからか沈丁花の香りが漂う季節。 あの「カチコミ事件」の翌朝、俺たちは崩壊したサイオンジ本社の社長室にいた。
「……う、うう……」
壺を頭に被ったまま気絶していた西園寺が、呻き声を上げて目を覚ました。 彼は慌てて壺を引っこ抜き、自分の体をペタペタと触った。
「け、怪我は……ない? 骨も折れていない……?」
俺は(霊力切れで薄くなりながら)腕組みをして答えた。
「当たり前だろ。俺たちは誇り高き幽霊だ。人間を傷つけるような野蛮なマネはしねえよ」 「だ、だが、私は確かに吹き飛ばされて……」 「お前が勝手にビビって、後ろにのけぞって、自分で棚にぶつかっただけだ。……ま、心の傷(トラウマ)は残ったかもしれないけどな」
西園寺は真っ赤になって唇を噛んだ。 無傷とはいえ、部下たちの前で壺を被って気絶し、その無様な姿を姫のライブ配信で全世界に晒されてしまったのだ。 「冷徹なカリスマ除霊師」のブランドは地に落ちた。
「……撤収だ」
西園寺は絞り出すように言った。
「このエリアの再開発は中止する。……こんなイカれた幽霊どもがいる場所で、ビジネスなどできるか」
彼はヨロヨロと立ち上がり、逃げるように去っていった。 俺たちの勝利だ。物理的な暴力ではなく、ドジと笑いと恐怖による、完全勝利だ。
***
――数日後。幽霊教習所、卒業式。
修復された教室(壁はまだベニヤ板だが)に、桜の花びらが舞い込んでいる。 俺は教壇に立ち、5人の生徒たちを見渡した。 4月に出会った頃の、腐った目をした問題児たちはもういない。
「……全員、起立」
俺の声に合わせて、生徒たちが立ち上がる。 軍曹の背筋はいつにも増して伸びており、デジタルもスマホをポケットにしまっている。
「第108期・特別選抜クラス。……よく生き残った。お前たちは俺の誇りだ」
俺は一人ひとりに、黄金に輝く『幽霊免許証』と『配属辞令』を手渡した。
「デジタル。お前は……『警視庁・サイバー犯罪対策課のサーバー室』だ」 「マジっすか! ホワイトハッカーならぬゴーストハッカーっすね。ネットの海を守りますよ」
「姫(ヒメ)。お前は『原宿・竹下通りのプリクラ機』だ」 「やった! 聖地じゃん! 盛れてない子の写真、勝手に加工して可愛くしてあげる!」 「……ほどほどにな」
「マダム。あなたは『大学病院の小児病棟』だ」 「あらまあ。寂しがってる子供らに、また飴ちゃん配ったるわ。病気は気合いで治したる!」 「そのお節介が、子供たちの希望になるはずだ」
「軍曹。貴様は……『国会議事堂・中央広間』だ」 「!! 国家の中枢! 光栄であります! たるんでいる議員がいれば、即座に一喝入れる所存!」 「頼むから物理攻撃はするなよ……」
そして最後。 最前列で煎餅を食べている銀之助(ミサイル爺さん)。
「銀之助。お前は……『天国行き』だ」 「あ?」 「お前の暴走は、現世に置いておくには危険すぎる。……それに、お前のその軽トラへの執着、あれはもう『未練』じゃなくて『愛』だろ。十分だ。成仏して、向こうで好きなだけ走り回ってこい」
銀之助は少し驚いた顔をして、ボロい帽子を目深に被り直した。
「……フン。まあ、若造の世話になるのも飽きたところじゃ。行ってやるわい」
***
――校門前。別れの時。
「先生、ありがとうございました!」 「田中ちゃん、元気でな!」 「教官殿に敬礼!」
生徒たちがそれぞれの光に包まれ、配属先へと消えていく。 最後に残った銀之助が、愛車・流星号のエンジンをかけた。
「あばよ若造! わしのドライビングテクニック、冥土の土産に語り継げよ!」
ブォォォォン!! 銀之助はアクセル全開で、天へと続く光の道(ハイウェイ)を爆走していった。
「……行っちまったな」
俺は少しだけ寂しさを感じながら、空を見上げた。 あの爺さん、最後までブレーキを踏まなかったな。
……その時だった。
キキィィィーーッ!! 空の彼方から、激しいスキール音が聞こえた。
ブォォォン……バックします、バックします……
光の道から、白い軽トラが猛スピードでバックして戻ってきた。
「ぬおおおおっ!?」
ドガァァァァァン!!
軽トラは校門の壁を粉砕し、俺の目の前で停止した。 煙の中から、銀之助が顔を出す。
「……すまん。道を間違えた」 「一本道だろ!!」 「いや、ナビが『この先、右方向です』言うからハンドル切ったら、脱輪してもうてな……。戻れんくなってしもうた」
銀之助は悪びれもせず、バリボリと煎餅をかじった。
「というわけで、また世話になるぞ、若造」 「ふ、ふざけんなァァァ!! 成仏しろ!!」 「あー、聞こえんのう」
……ピピピッ。 俺のタブレットに、教頭からの通知が届いた。 『猪突 銀之助、成仏失敗により留年決定。来期も田中のクラスとする』
俺はその場に崩れ落ちた。 空からは春の陽気が降り注いでいるというのに、俺の教官ライフはまだまだ冬が続きそうだ。
スマホが震える。 エリートからのメッセージだ。 『お疲れ、田中。卒業祝いに一杯どうだ? ……爺さんも連れてこいよ』
俺は天を仰いで、力なく、でも少しだけ笑ってしまった。
「……しゃあねえな。延長戦、やってやるか!」
死んでも浪人、死んでも教官。 俺たちの騒がしい幽霊ライフは、これからも永遠に続いていく――。
(完)