第6話:地獄の合同合宿! レジェンド幽霊同窓会(後編) ~継承される魂~
深夜零時。 草木も眠る丑三つ時。 山奥の秘湯『黒湯温泉』は、異様な熱気に包まれていた。
外は秋雨が降り続いているが、館内では新旧の幽霊たちによる、プライドを懸けた「地獄の合同合宿」が幕を開けていた。
「いいか、夜明けまで帰れると思うなよ」
エリート(氷室 怜)が眼鏡を光らせ、冷酷に告げる。 俺、田中悟は、その様子を廊下の隅で胃薬(霊体用)を飲みながら見守っていた。 頼む、壊れないでくれよ……生徒のメンタルも、旅館の壁も。
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【第1会場:大広間】
対戦カード:デジタル vs エリート & ぬらり
広大な畳の大広間。照明は落とされ、漆黒の闇が支配している。
「くそっ、Wi-Fiがないと何もできねーのかよ俺は……!」
デジタルがスマホの画面をタップするが、圏外の文字が無情に光るだけだ。 彼は焦っていた。 これまで「ハッキング」という飛び道具に頼り切り、幽霊としての基礎体力(霊力)を鍛えてこなかったツケが回ってきている。
「君の敗因は明白だ」
闇の奥から、エリートの声が響く。
「君は『恐怖』をデータだと思っている。だが、人間の根源的な恐怖とは、数値化できない『気配』だ」
「気配……?」 「そうだ。例えば……君の今の心拍数は140。背後に誰かがいるような気がして、呼吸が浅くなっているだろう?」
デジタルがハッとして振り返る。 誰もいない。
「上ですよ……」
「うわあぁぁ!?」
デジタルが悲鳴を上げて尻餅をつく。 見上げると、天井の梁(はり)に、ぬらり先輩が蝙蝠のように張り付いていた。 その存在感は限りなくゼロ。視界に入っていても脳が認識しないレベルの隠密性だ。
「……私の影の薄さは、生前からの年季が入っていますから……。君のような派手なエフェクトに頼る若者には、この『湿度』が出せません……」
ぬらり先輩が音もなく床に降り立つ。 デジタルは震えながら後ずさった。 エリートがデジタルの目の前に立つ。
「テクノロジーは武器だ。だが、それを使う『使い手』自身の魂が軽ければ、恐怖も軽く(チープに)なる。……まずはスマホを置け。そして、己の霊力だけで蝋燭の火を揺らしてみろ」
デジタルは唇を噛み締め、震える手でスマホをポケットにしまった。 そして、生まれて初めて、自分の「念」だけで目の前の空間に干渉しようと集中し始めた。
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【第2会場:鏡の間】
対戦カード:姫 vs みーちゃん
壁一面に鏡が張られた、かつてのダンスホール。 そこで、残酷なショーが行われていた。
「違う違う! 全然なってないよ!」
みーちゃんがダメ出しをする。 姫(ヒメ)は鏡の前で、血糊メイクをしてポーズをとっていたが、その顔は引きつっていた。
「なんで……? 私、可愛く映ってるじゃん。血も出してるし、完璧じゃん」 「それがダメなの!」
みーちゃんはクマのぬいぐるみを床に叩きつけた。
「おねえちゃん、鏡ばっかり見てるでしょ? 『自分がどう見えるか』しか考えてない! お化けはね……」
みーちゃんの雰囲気が一変した。 彼女は鏡を見なかった。代わりに、姫の目をじっと見つめた。 ズズズ……ッ。 みーちゃんの顔が歪む。かつて母親に虐待され、過労死寸前まで追い詰められた時の、絶望と狂気が入り混じった表情。
「相手の心を見るの。相手が一番怖がる顔を、私の顔を使って表現するの」
「ひっ……!」
姫は腰を抜かしてへたり込んだ。 ただの顔芸ではない。何百回とカメラの前で演じてきた、プロの「見せ方」。
「……私、ダサかった。自分大好きなだけだった……」
姫は付け爪を剥がし、乱れた髪をそのままにして立ち上がった。 鏡の中の自分ではなく、みーちゃんという「観客」を睨みつける。
「教えて、みーちゃん先輩。……本気の『顔芸』」
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【第3会場:ロビー】
対戦カード:マダム vs 教祖
深夜のロビー。 ソファーに座るマダムの対面で、教祖が得意げに数珠をジャラジャラと鳴らしていた。
「迷えるオカンよ……。お主の顔には『お節介の相』が出ておる」
教祖が低音ボイスで囁く。 彼の得意技は『言葉による洗脳』。相手の不安を煽り、支配するトーク術だ。
「そのお節介が、実は相手を苦しめていると気づいておろう? この『開運の壺』を買えば、その業(カルマ)から解放され……」
「あらやだ! アンタの着物、ほつれてるわよ!」
マダムが突然、教祖の法衣の袖を掴んだ。
「え? いや、話を聞け……」 「こんなエエ布使ってるのに、もったいないわぁ。ちょっと待ちや、今縫うたるから!」
マダムは懐から裁縫セットを取り出した。 教祖のペースが乱れる。
「い、いい! 私は今、高尚な説法を……」 「アンタも顔色悪いわねえ! ちゃんとご飯食べてるんか? ほら、カバンにみかん入っとるから食べ!」 「私は幽霊だ! 顔色は元から悪いし、みかんは食わん!」 「遠慮せんでええのよ! あ、この壺、指紋ベタベタやないの! 拭いとくわね!」
マダムがマイ雑巾で「開運の壺」をキュキュッと磨き始めた。 教祖の「神秘的なオーラ」が、マダムの「生活感」によって物理的に拭き取られていく。
「や、やめろ! 私の商売道具がピカピカに!」 「はい、飴ちゃんもあげる! 黒糖やで!」 「ぐふっ……!」
口の中に飴をねじ込まれ、教祖は白目を剥いた。 完敗だ。 人の話を聞かない「大阪のオカン」の前では、いかなる洗脳トークも無効化される。
「……負けた。お主のその『圧倒的な押し付けがましさ』……ある意味、最強の呪いかもしれん」 「何言うてんの。ただの親切やがな」
教祖はガックリと項垂れた。
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【第4会場:峠道】
対戦カード:銀之助 vs ブッコミ(立会人:軍曹)
雨に濡れた、旅館へ続く急勾配の峠道。 そこで、ありえない爆音が響き渡っていた。
「オラオラァ! どうしたジジイ! 軽トラじゃこのヘアピンは曲がれねえだろ!」
ブッコミが操る改造霊柩車(バイク仕様)が、火花を散らしながらコーナーを攻める。 その後ろを、ボコボコの白い軽トラが猛追していた。
「なめるな若造! わしの流星号は四輪駆動じゃあ!」
銀之助がハンドルを逆に切る。慣性ドリフトだ。 軽トラが横滑りしながら、ガードレールすれすれでコーナーをクリアしていく。
「貴様らァ! 止まれェェ!!」
コーナーの出口で、軍曹が仁王立ちしていた。 彼は手旗信号のように腕を振り回している。
「ここは制限速度30キロだ! 軍規違反で営倉入りさせるぞ!」
軍曹は二台の暴走マシンの前に立ちはだかった。 普通の霊なら止まる。だが、こいつらは違う。
「邪魔じゃあ! 轢かれたいんか!」 「どいてな軍人さん! ブレーキ壊れてんだよ!」
ビュンッ!! ゴオォォォッ!!
バイクと軽トラは、軍曹の左右を数センチの間隔ですり抜けていった。 風圧で軍曹の帽子が飛び、軍服がバタバタとはためく。
「な……ッ!?」
軍曹は呆然と立ち尽くした。 ルールを無視した暴走。規律のない行動。 本来なら断じて許せないはずだ。 だが、すれ違いざまに見た二人の顔は――笑っていた。
「……楽しそう、だと?」
軍曹の心に衝撃が走った。 命知らずの突撃(バンザイ・アタック)。 規律を超えた先にある、純粋な闘争本能。
「……見事だ」
軍曹は走り去るテールランプに向かって、静かに敬礼した。 ルールを守るだけが強さではない。時には理屈を超えて突き進む「勢い」こそが、人の心を動かすのだと、彼は学んだようだった。
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【夜明け・大広間】
東の空が白む頃。 ボロボロになった生徒たちが、大広間に戻ってきた。 デジタルは霊力切れ、姫はスッピン、マダムは満足げに茶をすすり、銀之助は腰を押さえている。軍曹は帽子を拾って埃を払っている。
だが、その表情は昨夜とは違っていた。 憑き物が落ちたような、清々しい顔をしている。
「……どうやら、少しはマシになったようだな」
エリートが眼鏡の位置を直しながら言った。 俺は彼らに歩み寄った。
「ありがとう、エリート。みんなも」 「礼には及ばんよ、田中教官。……それに」
エリートはニヤリと笑い、俺の肩を叩いた。
「君の生徒たち、なかなか見所がある。特にあのジジイとマダム、我々でも手に負えんぞ。……君が彼らを引き寄せる理由が分かった気がするよ」
「え?」
「君自身が『規格外』だからだ。類は友を呼ぶ。……君にしか育てられない生徒たちだ。胸を張れ」
その言葉に、俺の胸の奥が熱くなった。 そうだ。俺はずっと、自分が教官に向いていないと思っていた。 でも、こいつらみたいな「はみ出し者」には、俺みたいな「ドジな教官」がお似合いなのかもしれない。
「先生、お腹減りました……」 デジタルが弱々しく言う。 「線香……高級なやつ、お願いします」 姫が力尽きて畳に倒れ込む。
「おう。今日は特上を用意してあるぞ」
俺は笑顔で答えた。 朝霧の中、レジェンドたちはそれぞれの職場へと帰っていった。 先輩たちの背中は、昨日よりも少しだけ近く見えた気がした。
こうして、地獄の合宿は終わった。 だが、これは新たなスタートに過ぎない。 覚醒した生徒たちが、これからどんな騒動を巻き起こすのか。 俺の胃痛は治りそうにないが、今はその痛みが、少しだけ心地よかった。
(第6話・完)