第6話:臨海学校『煩悩と除霊の露天風呂』 ~エロと怨念は紙一重~
夏だ。海だ。合宿だ。 俺たち教習生一同は、バスに揺られて(憑いて)海辺の温泉宿『浦島(うらしま)』にやってきた。 恒例の夏季集中講座、通称「臨海学校」である。
「いいか、海には近づくなよ。塩分濃度が高すぎて浄化(蒸発)されるぞ」
教官の注意を受けながら、俺たちは夜の旅館へと向かった。 今回の課題は、この合宿のメインイベント。 『露天風呂への潜入と脅かし』だ。
「ターゲットは、現在露天風呂に入浴中の女子大生グループ。彼女たちをパニックに陥れ、風呂から追い出せば合格だ」
教官が低い声で告げる。
「ただし! ここには絶対のルールがある」
教官は黒板(携帯用)に赤チョークでデカデカと書いた。
『接触厳禁(おさわりNG)』
「いかなる理由があろうと、ターゲットの体に触れてはならない。小指の先一本でも触れた瞬間、即座に『無限灼熱地獄』へ強制送還とする」
ゴクリ、と俺たちは喉を鳴らした。 目の前には、湯気の向こうに広がるパラダイス(女湯)。 しかし一歩間違えれば、そこは本当の地獄への入り口となる。
「行くぞ、浪人。お前が先鋒だ」 「えっ、俺!? いや、心の準備が……」 「つべこべ言うな! 男なら(死んでるけど)度胸を見せろ!」
背中を蹴飛ばされ、俺は女湯の敷地内へと突き出された。
***
岩陰に隠れて様子をうかがう。 そこには、まさにこの世の楽園が広がっていた。
『キャハハ! ここ、縁結びの温泉なんだってー!』 『えー、マジで? 彼氏ほしー!』
月明かりと湯気に照らされた、女子大生三人組。 タオル一枚、あるいはそれすらも危うい無防備な姿。 その豊満な肢体が、お湯の中でたゆたっている。
「……ッ!」
俺の生前の記憶が、DNA(霊体だからないけど)が、猛烈に叫んでいた。 触りたい。 あわよくば、一緒に湯に浸かりたい。 なんなら、背中を流すふりをして……!
(落ち着け……落ち着け俺! これは試験だ! 俺はエリート幽霊になるんだ!)
俺は岩陰で、必死に己の右腕を左手で抑え込んだ。 油断すれば、磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、手が勝手に彼女たちの方へ伸びてしまう。 だが、触れば地獄。永遠の責め苦。
我慢だ。我慢しろ。 性欲を殺せ。煩悩を焼き尽くせ。
「ぬぐぐぐぐ……!」
あまりの苦行に、俺の顔面はありえない方向に歪み始めた。 見たい。でも見たら理性が飛ぶ。 触りたい。でも触ったら人生(死後生)が終わる。
白目は血走り、口元は引きつり、額からは脂汗ならぬエクトプラズムがドロドロと溢れ出す。 喉の奥から、「あ゛……あ゛あ゛……!」という、欲望と自制が混ざり合った呻き声が漏れる。
その時だった。
「ひっ……!」
脱衣所の方から、短い悲鳴が上がった。 見ると、そこにはテレビカメラを担いだクルーと、派手な紫色の着物を着た老婆が立っていた。 今話題の霊能者、タマエ先生だ。どうやら心霊番組のロケで、アポ無し突撃をしてきたらしい。
「せ、先生! 何か見えますか!?」 「ええ……見えます……見えますよ……!」
タマエ先生はガタガタと震えながら、岩陰で悶絶している俺を指さした。
「あそこに……とんでもない悪霊がいます……!」
カメラが俺の方を向く。 俺はまだ、女子大生の太ももを見てしまいそうになる目を、必死に手で覆い隠そうともがいている最中だった。
「見てください、あの表情! 苦悶に満ちたあの顔!」
タマエ先生の実況が熱を帯びる。
「彼は生前、よほど女性に酷い振られ方をしたのでしょう……! 『おのれ、幸せそうな女どもめ』という、どす黒い怨念が渦巻いています! 魂が焼き切れるほどの嫉妬と憎悪! あれは数百年に一度レベルの、特級呪物クラスの悪霊です!」
(ちげーよ! ただのエロい浪人生だよ!)
俺は心の中で叫んだが、口から出たのは野太い咆哮だけだった。
「うぉォォォン(揉みてェェェン)!!」
俺の咆哮が、夜空に響き渡った。 その声に含まれる純粋な欲望エネルギーは、空気そのものを震わせた。
「キャァァァァーッ!!」 「いやぁぁぁ! 殺されるぅぅぅ!」
女子大生たちが悲鳴を上げて風呂から飛び出していく。 テレビクルーも「カット! 逃げろ!」と機材を捨てて逃げ惑う。
「させるか悪霊! 喝ッ!」
タマエ先生が数珠を投げつけてきた。 バチィッ! 数珠が俺の額に当たり、火花が散る。
「あつッ!?」
俺はその衝撃で弾き飛ばされ、露天風呂の塀を越えて、男湯の方へと落下した。
***
……騒ぎが収まった後。 誰もいなくなった露天風呂で、教官がチェックボードにペンを走らせていた。
「……判定」
教官は、男湯で目を回している俺を見下ろしてニヤリと笑った。
「霊能者及び一般人をパニックに陥れ、番組ロケまで中止に追い込んだ。STPプラス30点」 「……へ?」 「まさか、『煩悩を押し殺す顔』があそこまで禍々しいとはな。新しいテクニックとして教科書に載せよう」
俺は湯船に浮かびながら、静かに涙を流した。 エロいことを考えていただけなのに、なぜか「哀しき悪霊」として全国デビューしてしまった夏の夜だった。
ちなみに、翌週放送された番組では、俺の顔にモザイクがかけられ、『温泉地に巣食う色情の権化』というテロップが入れられていた。 ……あながち間違ってないのが腹立つ。
(第6話・完)