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第5話:路上教習『深夜のタクシー』 ~止まらない説法とパトカー~

第5話:路上教習『深夜のタクシー』 ~止まらない説法とパトカー~

 仮免許を取得した俺たち『地縛予備軍』は、次のステージへと進んだ。  舞台は深夜の市街地。いよいよ一般社会に紛れ込む「路上教習」の始まりだ。

「本日の課題は、怪談の王道中の王道……『タクシー乗車・消失』だ」

 教官が指差した先には、駅前のタクシー乗り場があった。

「手順はこうだ。まず、あそこのドブ川……もとい、『霊水池』で全身をずぶ濡れにする。次にタクシーに乗り込み、行き先を『墓地』に指定。到着する瞬間に姿を消し、後部座席に『ぐっしょりと濡れたシミ』を残す」

 教官はニヤリと笑った。

「運転手がそのシミを見て、『ヒィッ! 乗せたのは幽霊だったのか!』と悲鳴を上げれば合格だ」

 なるほど。シンプルなだけに演技力が問われる課題だ。  今回は、あの教祖様が挑戦することになった。

「フン、濡れるなど三流の行いだが……まあいい。迷える運転手を恐怖(救済)してやろう」

 教祖はバシャバシャとドブ川に入り、金ピカの法衣を泥水で重くした。  ずぶ濡れの中年太りのオッサン。今の彼は、ただの遭難したホームレスにしか見えない。

「よし、行ってこい!」

 教祖は、客待ちをしている一台のタクシーにふらりと近づき、ドアが開くと同時に乗り込んだ。  俺と教官は、霊体モード(不可視状態)でその様子を車外からモニタリングする。

 車内。  運転手は疲れ切った顔をした初老の男性だった。

『……へい、お客さん。どちらまで?』

 ここで「……××墓地まで」と低く呻くのが正解だ。  しかし、教祖はドッカとシートに座り込むと、開口一番こう言った。

「運転手よ。……お主、憑かれておるな」 『は?』

 運転手がバックミラーを見る。

「背中に貧乏神が見えるぞ。最近、売り上げが伸びずに悩んでおるだろう?」 『えっ、なんで分かるんです!? いや実は今月キツくて……』

 教祖のハッタリ(ただのカマかけ)が偶然ヒットしてしまった。  まずい。教祖の「信者獲得スイッチ」が入る音がした。

「哀れな子羊よ……。金という呪縛が、お主の魂を汚しているのだ」 『は、はあ……』 「安心せい。私がその苦しみから解放してやろう」

 教祖は懐から数珠(霊体だから見えないけど)を取り出し、ジャラジャラと振った。

「本来なら入会金50万円のところ、今なら特別にタダで説法を聞かせてやる!」 『え、いや、結構ですけど……』 「遠慮するな! さあ、悩みを目一杯吐き出すのだ! 吐き出せェェ!!」

 教官が頭を抱えた。 「あのアホ……『無言の圧力』が課題なのに、なんで人生相談始めてんだ……」

 タクシーは目的地も決まらぬまま走り出した。  教祖の説法は止まらない。

「いいか、金とは天下の回りもの! つまり、ここに置いていけば巡り巡ってお主の元へ……」 『あ、あの、お客さん? メーター回ってるんですけど、行き先は?』 「行き先などない! 我々は人生という旅路の途中なのだから!」 『いや、困りますよ! お金持ってるんですか!?』

 運転手が不審がり始めた。当然だ。ずぶ濡れで金ピカの服を着たオッサンが、わけの分からないことを叫んでいるのだから。

「金? ……フン、下世話な」

 教祖はふんぞり返った。

「私は現世の通貨など持ち合わせておらん!」 『はあぁぁ!? 無賃乗車かよ!』

 運転手の顔色が変わった。恐怖ではなく、怒りで。

『冗談じゃねえぞ! すぐ交番突き出してやる!』

 運転手が猛スピードでハンドルを切る。  目指す先は墓地ではなく、駅前の交番だ。

「待て待て! 私は幽霊だぞ! ほら、足がないだろう!」 『暗くて見えねえよ! 泥棒! 詐欺師!』 「泥棒ではない! 私は神宮寺だ!」

 ウゥゥゥゥゥ――ッ!!

 不運なことに、近くをパトロールしていたパトカーが、蛇行運転するタクシーに気づいてサイレンを鳴らした。

『前のタクシー、止まりなさい!』 「うわあぁ! おまわりさん助けてくれ! 強盗だァァ!」

 運転手が窓から叫ぶ。  事態は最悪の方向へ転がっていった。深夜のカーチェイスの幕開けだ。

「おい、どうすんだこれ!」  俺が叫ぶと、教官がブチ切れた様子でインカムに怒鳴った。

「教祖! もういい、今すぐ消えろ! これ以上騒ぎを大きくするな!」 「むぅ、これからが良いところなのだが……致し方あるまい!」

 教祖はパトカーに囲まれて停車したタクシーの中で、スッと指を立てた。

「さらばだ運転手よ! ツケは出世払いで頼む!」

 シュンッ。  教祖の姿が、煙のように掻き消えた。

 キキーッ!  タクシーが止まり、警官たちが駆け寄ってくる。  運転手は震えながら後部座席を振り返った。

『お、降りろ! ……え?』

 そこには誰もいなかった。  ただ、シートがドブ川の水で、ぐっしょりと濡れているだけだった。

『き、消えた……? ドアも開いてないのに……?』

 運転手の顔から血の気が引いていく。  警官が窓を叩く。

『運転手さん、同乗者は?』 『い、いたんです……さっきまで、変な金ピカのオッサンが……でも、消えて……』 『はいはい、とりあえず署で話を聞くからね』

 運転手は恐怖と混乱でガタガタ震えながら、警官に連行されていった。  ……ある意味、トラウマにはなっただろう。

 ***

 ――教習所、反省会室。

「……判定」

 教官はこめかみに青筋を浮かべていた。

「『乗客が消える』という結果だけはクリアした。運転手の心拍数も上がった。……だがな」

 教官は机を叩いた。

「誰が『無賃乗車の食い逃げ犯』として通報されろと言ったァ!! お前のせいで、あのタクシー会社、『強盗多発地帯』として夜間の営業やめちゃったじゃないか!」 「ふっ……私のカリスマ性が、現世の法に触れてしまったか」 「うるさい! STPはプラス5点! ただし、『迷惑防止条例違反』としてペナルティ・マイナス20点だ!」 「なんとォォォ!」

 こうして教祖は、ポイントを稼ぐどころか借金を背負うことになった。  ちなみに、あの運転手はその後、「金ピカの座敷わらしを見た」と吹聴し、宝くじを買ったら300円当たったらしい。  微妙にご利益あったのかよ。

(第5話・完)