第3話:ハイチーズ! 写るんですか? ~心霊写真の美学~
合宿二日目。 線香の煙だけの朝食(夕方だけど)を済ませた俺たちは、視聴覚室のような教室に連れてこられた。
正面の巨大スクリーンには、楽しげな修学旅行生たちの集合写真が映し出されている。
「いいか、心霊写真とは『慎ましさ』の芸術だ」
教官が指し棒でスクリーンを叩く。
「主張しすぎるな。あくまで『偶然写ってしまった』というリアリティが恐怖を生む。手だけ出す、顔半分だけ出す。この『チラ見せ』の美学を理解しろ」
今日の課題は『集合写真への写り込み』だ。 シャッターが切られる瞬間に霊力を同調させ、いかに不気味なノイズとして記録されるか。それが問われる。
「けッ、まどろっこしいぜ」
一番手のブッコミ(元ヤン)が前に出る。
「俺ならド真ん中でメンチ切ってやるよ! 夜露死苦!」
ブッコミはスクリーンの前に立つと、カメラに向かってVサインを突き出した。 パシャッ! シャッター音が鳴り、即座に現像された写真がモニターに出る。
そこには、最前列の女子生徒の肩にガッツリと腕を回し、満面の笑みでVサインをする特攻服の男がクッキリ写っていた。
「……判定。不合格(-10点)」 「あァ!? なんでだよ! バッチリ写ってんだろ!」 「バッチリすぎるんだよ! これじゃただの『柄の悪いOBが乱入した写真』だ! 心霊写真としての情緒が死んでいる!」
教官の罵倒に、ブッコミがリーゼントをしなしなにして戻ってくる。 続いて、みーちゃんがクマのぬいぐるみを引きずって前に出た。
「みーちゃんね、おしゃしん得意だよ? モデルやってたもん」
彼女はカメラの前で、プロ顔負けのポージングを決めた。 首をこてんと傾げ、上目遣いで、口元に指を当てる。完璧な『愛され幼女』の構図だ。
「見ててね、おにいちゃんたち♡」
パシャッ! フラッシュが焚かれる。 ……しかし。出来上がった写真を見て、俺たちは凍りついた。
モニターに映し出されたのは、首が有り得ない角度(180度)にねじれ、目が黒く塗りつぶされ、口が耳まで裂けた、禍々しい化け物の姿だった。
「ヒィッ!?」 「こ、これは……素晴らしい!」
教官が身を乗り出した。
「本人は可愛く写ろうとする執念が、霊体としての不安定さと化学反応を起こし、極上の『歪み』を生んでいる! これぞ教科書レベルの心霊写真だ! +15点!」 「えー? かわいく写ってないからヤダぁー!」
みーちゃんが不満げに頬を膨らませるが、その顔も写真では激怒した悪鬼の形相になっていた。才能が怖い。
「……はあ。次は私ですか」
最後に、ぬらり先輩が重い足取りで前に出た。 「どうせ私なんて……生きてる時だって、自動ドアには無視され、集合写真では欠席者の枠に入れられてたんです……」
彼は集合写真の最後列、誰の邪魔にもならない隙間にスッと立った。 その佇まいは、まさにプロの『背景』。
「い、行きます……!」
パシャッ! 撮影終了。モニターに写真が表示される。 「…………」 「…………」
全員が無言で画面を見つめる。 写っていない。 どこにも。
「おい、ぬらり。どこにいるんだ」 「ここですよぉ! 右上の、木の葉の隙間に!」 「……教官、ズームお願いします」
画像を最大まで拡大する。 すると、葉っぱの陰に、言われてみれば人の顔に見えなくもない、うっすらとしたシミのようなものがあった。
「判定。……『レンズの汚れ』」 「やっぱりぃぃぃぃ!!」
ぬらり先輩がその場に泣き崩れる。
「どうしてですか! 私はここにいるのに! 必死に『うらめしや』って念じたのに!」 「君の場合、怨念の波動が弱すぎて、最新のデジタルカメラのノイズキャンセリング機能に除去されているようだ」 「私の存在はノイズ以下ですかぁッ!」
……こうして、俺たちの授業は、ぬらり先輩の号泣と共に終わった。 ちなみに俺は、シャッターの瞬間にくしゃみをしてしまい、『白目を剥いて魂が抜けている修学旅行生』として写り込み、微妙な点数(+2点)をもらった。
(第3話・完)
幕間:丑三つ時の男子会 ~エリートの嘘とヤンキーの涙~
午前4時。 まもなく夜明け、幽霊たちにとっての就寝時間が迫っていた。
俺たちは合宿所の男子部屋(8畳和室)で、せんべい布団を並べていた。 左から、教祖、エリート、俺(浪人)、ブッコミ、ぬらり先輩。 「川の字」ならぬ「呪の字」になって天井を見上げている。
「……おい、起きてるか?」
闇の中で、隣の布団から野太い声がした。特攻服のブッコミだ。
「なんだよ、明日も早いんだぞ(夕方起きだけど)」
俺が眠い目をこすりながら答える。 天井のシミが人の顔に見えるが、ここは幽霊の合宿所なので多分本当に人の顔だ。気にしたら負けだ。
「いや……なんかよ、静かすぎると落ち着かねえんだよ。独房を思い出してよ」 「お前、少年院入ってたのか?」 「……い、いや! 入ってねえし! 俺は常に警察(マッポ)とカーチェイスしてたから捕まったことねえし!」
ブッコミが焦ったように否定する。 コイツ、見た目は怖いくせに、実はただの寂しがり屋なんじゃないか?
「フン、低レベルな会話だ」
反対隣から、冷ややかな声が聞こえた。エリートだ。彼は布団の中でも姿勢正しく、死装束の襟をピシッと整えて仰向けに寝ている。
「君たちと一緒にしないでくれたまえ。僕は最短2週間で卒業し、大手商社の本社ビルに地縛霊として凱旋する予定なんだ」 「へえ、すごい自信だな。生前もさぞ優秀だったんだろうよ」
俺が皮肉交じりに言うと、エリートが一瞬言葉に詰まった。
「……当然だ。僕はプロジェクトリーダーとして、部下たちに慕われていた。僕が過労死した時も、葬儀では全社員が涙したと聞いている」 「ふーん。じゃあ、なんでお前、『頼むから僕の席を片付けないでくれ』みたいな顔して寝てるんだ?」 「ッ!?」
図星だったのか、エリートがガバッと起き上がった。
「な、何を根拠に! 失敬な!」 「いや、さっき寝言で言ってたぞ。『書類……まだ終わってないんです……置いていかないで』って」 「ぐっ……! そ、それは夢だ! あくまで夢だ!」
エリートは赤面して(青白い顔だけど)布団を頭から被った。 なるほど。こいつも完璧超人に見えて、実は孤独だったのかもしれない。
「……なあ、浪人」
ブッコミが、今度は真面目なトーンでボソッと言った。
「俺ら、全員『未練』があるからここにいんだよな」 「まあ、そうだな」 「俺はよ……あの時、川に流された猫がどうなったか、それだけが心残りなんだ。喧嘩で死んだなんて嘘だ。本当は、猫助けて溺れて死んだんだよ、俺」
ブッコミがカミングアウトした。 やっぱりか。俺はなんとなく気づいていたが、本人の口から聞くと胸に来るものがある。
「……ダサい死に方だよな。天下の暴走族が、猫一匹に命張ってよ」 「ダサくないよ」
俺じゃなく、布団から顔を出したエリートが言った。
「……損益計算上は全く割に合わない行為だが、君のその行動は……その、悪くない。少し見直した」 「あァ? なんだよテメェ、喧嘩売ってんのか」 「褒めてるんだよ、察しの悪いやつだな」
二人がいつものようにいがみ合い始めるが、その声には先ほどまでの険悪さはない。
「ムニャムニャ……全財産を……寄付しなさい……」
一番端では、教祖がとんでもない寝言を言っている。 俺は枕元の窓を見上げた。 雨戸の隙間から、薄っすらと朝の光が漏れている。
「そろそろ寝ようぜ。太陽が出ちまう」 「おう。……おやすみ」 「……おやすみなさい」
数分後。 いびきと寝言が入り混じる部屋で、俺は思った。 落ちこぼれの寄せ集めチーム。 でも、こいつらとなら、地獄のような教習も案外悪くないかもしれない。
……まあ、俺の未練(親への合格通知)に比べれば、どいつもこいつもマシな悩みだけどな。
(幕間・完)