スピンオフ:e-Sportsへの道 〜デジタルの荒野を歩け〜
【第4話(最終回)】 デジタルの荒野、その先へ
11.獣 vs 狩人
『MATCH START』
画面に表示された文字と共に、運命の再戦が始まった。 マップは「廃工場」。複雑な立体構造と、視界の悪い暗がりが多い、難易度の高いステージだ。
「……来るぞ」 秋山陸斗が小さく呟く。 その予想通り、対戦相手『NO-FACE』は、開幕直後から猛烈なスピードで突っ込んできた。 足音を消すどころか、銃声を鳴らして威嚇しながらの正面突破。相変わらずの獣のようなプレイスタイルだ。
「ひょおぉ! 速ぇ! なんだあいつ!」 後ろで見守る浜田健太が声を上げる。 以前の陸斗なら、この圧倒的な圧力(プレッシャー)に気圧され、エイムが泳いでいただろう。 だが、今は違う。
陸斗は深く息を吸い、腹に力を入れた。 (……体幹を意識しろ。軸をぶらすな) 毎朝のプランクで悲鳴を上げていた腹筋が、今は鋼のように姿勢を支えている。 姿勢が安定すれば、視界が安定する。視界が安定すれば、マウスを握る右手の精密動作が冴え渡る。
ダダダッ! 『NO-FACE』がスライディングで飛び出してくる。 陸斗の目は、その軌道を完全に捉えていた。 カチッ。 冷静なマウス操作。 バシュン! カウンターの一撃が、『NO-FACE』の肩を撃ち抜く。
「当たった!」 神楽坂葵が手を叩く。 「いいぞ陸斗! よく見えてる!」 健太の声援が背中を押す。
しかし、相手もさるものだ。 一発もらった直後、予測不能なジグザグ移動で追撃を躱(かわ)し、壁を蹴って死角へと消える。 そこからは、息詰まる攻防が続いた。 本能で襲いかかる獣と、それを罠と計算で迎え撃つ狩人。 ラウンド数は一進一退。互いに譲らず、試合は最終ラウンドまでもつれ込んだ。
12.覚醒のキーワード
最終ラウンド。状況は1対1。 互いの体力(HP)は残りわずか。一発でも弾がかすりゃ終わりの極限状態。 静寂が、廃工場のマップを包み込む。
陸斗は、コンテナの陰に身を潜めていた。 汗がこめかみを伝う。心臓の音がうるさい。 『NO-FACE』はどこだ? 右か? 左か? 上か?
(……考えろ。奴の思考をトレースするな。奴の『本能』を読め)
陸斗は、これまでのデータを脳内で高速再生した。 『NO-FACE』は音に敏感だ。こちらの僅かなミス、リロードの音、着地音に過剰反応して飛びかかってくる。 ならば。
陸斗は、賭けに出た。 わざと、無防備なリロード音(弾薬装填音)を立てたのだ。 カチャッ。 その乾いた金属音が、静寂を破る。
――来たッ!!
その瞬間、頭上のダクトから黒い影が降ってきた。 『NO-FACE』だ。音に反応し、獲物を仕留めに飛び降りてきたのだ。 普通のプレイヤーなら反応できない奇襲。 だが、陸斗は「待って」いた。
「そこだァァァッ!!」
陸斗が叫ぶ。 マウスを握る右手。ここには、これまでの膨大なデータと計算、そして冷静な判断力(ロジック)が宿っている。 キーボードを叩く左手。ここには、健太と走り込んだ朝の土手の風、泥臭い根性、そして勝ちたいという熱い想い(パッション)が宿っている。
二つの力が、今、一つになる。
「食らえ……! 『右手にロジック、左手にパッション』だ!!!」
陸斗の指先が閃いた。 右手のマウスが神速で頭上をエイムし、左手がキーボードで回避行動を入力しながら、同時に射撃ボタンを叩き込む。 二つの魂を乗せた、渾身のクロス・カウンター。
ズバァァァン!!
画面の中で、強烈な閃光が弾けた。 スローモーションのように、『NO-FACE』のアバターが空中で仰け反り、崩れ落ちていく。
『WINNER』 『YOU WIN』
画面に大きく表示された勝利の文字。 部室の時間が、一瞬止まった。
13.デジタルの荒野の果てに
「……勝った……?」 陸斗が、信じられないという顔で呟く。 次の瞬間。
「うおぉぉぉぉぉっしゃぁぁぁぁ!!!」 背後から、雄叫びと共に巨大な質量が降ってきた。 健太だ。 「やった! やったぞ陸斗! すげぇ! マジですげぇよお前!!」 健太が陸斗の首に腕を回し、グシャグシャに頭を撫で回す。 「い、痛い! 首が折れる! 離せ筋肉ゴリラ!」 陸斗は悲鳴を上げるが、その眼鏡の下の目は潤んでいる。
「陸斗くん、おめでとう!!」 「すごい試合だったわ……!」 陽菜、葵、琴音も駆け寄り、拍手喝采だ。 蒼井悠真は、その歓喜の輪を少し離れたところから撮影していた。 モニターの青白い光に照らされた、汗と涙と笑顔。 デジタルなゲーム画面の向こう側に、確かに存在するリアルな青春の熱量。
ふと、チャット欄に通知が届いた。 『NO-FACE』からだ。
『GG(Good Game). 完敗だ。いい罠だった』
短いメッセージ。しかし、そこには確かな敬意が込められていた。 陸斗は震える指でキーボードを叩いた。
『GG. 君は強かった。次は負けない』
送信ボタンを押すと、陸斗は大きく息を吐き、椅子の背もたれに体を預けた。 天井を見上げる。 蛍光灯の明かりが、なんだかいつもより眩しく見えた。
14.エピローグ
数日後。 デジコン部の部室には、相変わらず電子音が響いていた。 しかし、その光景は以前とは少し変わっていた。
「……ふんっ、ふんっ!」 モニターの横で、秋山陸斗がダンベルを持ってスクワットをしているのだ。 ひょろりとした体格は相変わらずだが、そのフォームは以前より様になっている。
「おい陸斗、腰が高いぞ! もっと落とせ!」 コーチ役の健太が檄を飛ばす。 「うるさい……! クールタイム中の有効活用だ……!」 陸斗は息を切らしながら反論する。
決勝トーナメントはまだ続く。 プロゲーマーへの道は、果てしなく遠く、険しい。 だが、今の彼には恐れるものはない。 最強のロジックと、最高の仲間たちがくれたパッションがある限り。
「よし、休憩終わり! 次のランクマ行くぞ!」 陸斗はダンベルを置き、眼鏡をクイッと押し上げた。 その横顔は、モニターの光を受けて、戦士のように精悍に輝いていた。
デジタルの荒野を歩く彼らの足音は、これからも力強く響き続けるだろう。 右手にマウス、左手に希望を握りしめて。
(完)