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【第4話(最終回)】 決戦と、守り抜いた秘密

スピンオフ:桜庭陽菜の深夜のツッコミ道場 〜正体隠して伝説へ〜

【第4話(最終回)】 決戦と、守り抜いた秘密

10.暗闇の中の温もり

 プツン。  唐突なブラックアウト。  商店街の飲食店「かぐらや」は、完全な闇に包まれた。

「うわっ!?」 「停電か!?」  浜田健太と秋山陸斗の声が重なる。 「キャッ!」  藤沢琴音が短く悲鳴を上げ、神楽坂葵が「お父さん! ブレーカー落ちたかも!」と叫ぶ。  どうやら、業務用の鉄板をフル稼働させながら、大型テレビとエアコン、さらには陸斗のハイスペックPCまで繋いでいたせいで、許容アンペアを超えてしまったらしい。

 そんなパニックの中、桜庭陽菜はフリーズしていた。 (……終わった。配信、切れてもうた……)  スマホの画面は生きているが、Wi-Fiが切れたため映像が止まっている。  これでは、島村周平にツッコミを入れられない。ボタニカル将軍としての職務放棄だ。

 その時。  暗闇の中で、ふわりと温かい気配が近づいてきた。 「……陽菜。大丈夫?」  耳元で、蒼井悠真の声がした。 「悠真、くん……」 「じっとしてて。今、スマホのライトつけるから」  悠真は、怯えている(と勘違いしている)陽菜を安心させるように、そっと彼女の肩に手を置いた。  その手は大きく、熱かった。  陽菜の心臓が、恐怖とは別の理由で早鐘を打つ。 (あかん、暗闇補正で悠真くんの声がイケボすぎる……!)

 パッ。  悠真のスマホのライトが点灯し、テーブルの上を照らした。  同時に、奥から葵のお父さんの「直ったぞー!」という声が聞こえ、店内の照明が一斉に復活した。  ブウン、とテレビも再起動する。

「あー、びっくりした……」 「ビビったのは島村の方だろ。向こうも何かあったみたいだぞ」  陸斗がPCを操作し、配信画面を復旧させる。

『……あ、あ、テステス。聞こえますか?』  画面が戻ると、そこには顔面蒼白でへたり込んでいる島村周平の姿があった。  どうやら向こうの機材トラブルも復旧したようだ。 『い、いやー……今、カメラの電源がいきなり落ちまして……。これ、完全に「霊障」ですね。奴らが僕の配信を止めようとしている……!』

「機材メンテ不足やろがい! 都合よう霊のせいにすな!」  陽菜は心の中で叫んだが、口からは「あはは……怖いね……」という乾いた笑いしか出なかった。

11.ラスト・ミッション

 配信はいよいよクライマックスへ。  島村は、トンネルの最深部にある、行き止まりの壁の前で立ち止まった。 『ここです。ここが、霊の吹き溜まりです……。ん?』  島村がカメラを壁の隅に向ける。 『何か……ありますね。白い……手形のようなものが……』

 ゴクリ。  店内の全員が息を呑む。  カメラがズームする。確かに、コンクリートの壁に、白くて小さな手形のような跡がついている。 『うわあああっ! 動いた! 今、手形が動きましたよ!?』  島村が絶叫し、カメラが激しくブレる。  コメント欄がパニックになる。  『ガチだ!』『逃げろ島村!』『放送事故るぞ!』

 しかし。  陽菜の目は誤魔化せなかった。  彼女の動体視力(ツッコミ・アイ)は、その「正体」を一瞬で看破していた。

(……アホか! あれは手形ちゃう! さっきお前が捨てた軍手が風で転がっただけや!)

 言いたい。今すぐに言いたい。  このままでは、ただのゴミのポイ捨てが心霊現象として処理されてしまう。それは「オカルトウォーカー」の品位(あるのか?)に関わる重大な過失だ。  しかし、今は悠真が隣に座っている。  さっきの停電のせいで、彼はさらに警戒レベルを上げ、陽菜を完全にガードする体勢に入っているのだ。  これではスマホを取り出せない。

「……あ、マヨネーズ切れちゃった」  その時、悠真がふと呟いた。  もんじゃ焼きにマヨネーズをかける派の彼は、容器が空になったことに気づいたのだ。 「陽菜、ちょっと待ってて。新しいの貰ってくる」  悠真が立ち上がり、厨房の方へ歩き出した。

 ――奇跡の空白時間(ロスタイム)、発生。

(今やァァァァッ!!)

 陽菜は神速でスマホを取り出し、テーブルの下に隠した。  指先が残像を残してフリックする。  誤字脱字チェック不要。魂の叫びを文字に乗せる。  送信ッ!

 ボタニカル将軍:『慌てなさんな! よう見ぃ! お前がさっきポケットから落とした軍手やろがい! 自分で捨てたゴミにビビってんちゃうぞ! 拾って帰れエコ泥棒!』

 そのコメントが画面に流れた瞬間、空気が変わった。  視聴者たちが一斉に『軍手www』『巻き戻したらマジで落としてたw』『将軍の観察眼ハンパない』と反応する。  島村もコメントに気づき、恐る恐る「手形」に近づく。 『……あ。……これ、僕の軍手ですね』

 ドッ!  「かぐらや」の店内が爆笑に包まれた。 「なんだよ軍手かよ!」 「将軍すげー! よく見てんなぁ!」 「島村さん、ダサすぎ!」

 恐怖は笑いへと昇華され、配信は「将軍のおかげで神回になった」という大団円で幕を閉じた。  陽菜はスマホをポケットに滑り込ませ、深ーく息を吐いて脱力した。  終わった。  今日もまた、世界の平和と笑いを守りきったのだ。

「……お待たせ。マヨネーズ持ってきたよ」  悠真が戻ってきた。  彼は画面を見て、「あれ、終わったの?」とキョトンとしている。  一番いいところを見逃した彼だが、その手にはしっかりとマヨネーズが握られていた。

12.帰り道の告白(?)

 宴の後。  「かぐらや」を出た六人は、それぞれの家路についた。  悠真と陽菜は、二人並んで夜道を歩いている。  空には月が出ていた。

「……今日は、ごめんね」  悠真がポツリと言った。 「え?」 「みんな盛り上がってたけど、陽菜はずっと下向いて震えてたから。……やっぱり、無理させちゃったよね」

 陽菜は立ち止まり、悠真を見た。  街灯の明かりの下、彼は本当に申し訳なさそうな顔をしている。  陽菜が下を向いて震えていたのは、笑いをこらえながら必死にスマホを操作していたからだ。  でも、悠真はそれを「恐怖」だと解釈し、ずっと気遣ってくれていた。マヨネーズを取りに行ったのも、もしかしたら陽菜が息抜きできるようにという配慮だったのかもしれない(これは考えすぎかもしれないが)。

(……あかん。この人、ええ人すぎる)

 陽菜の胸が、キュウと締め付けられる。  関西弁のオカン人格が、「早よ惚れてまえ!」と野次を飛ばしている。  いや、もうとっくに惚れているのだ。

「ううん。……悠真くんがいてくれたから、大丈夫だったよ」  陽菜は、精一杯の笑顔で答えた。  これは嘘じゃない。  彼が壁になってくれたおかげで正体はバレなかったし、彼の優しさがあったから、このカオスな状況も楽しめたのだ。

「……そっか。なら、よかった」  悠真が安堵の笑みを浮かべる。  そして、少し照れくさそうに頭をかいた。 「実はさ、俺……陽菜が何かに集中してる時の顔、好きなんだ」 「えっ!?」  陽菜の心臓が跳ね上がる。 「部活で花を見てる時とか、さっきお店で下向いてた時も……なんか、すごく真剣で、一生懸命でさ。守ってあげたいなって思うのと同時に、カッコいいなって思うんだ」

 ――勘違いだ。  彼は、「スマホで『軍手やろがい!』と打っている顔」を、「恐怖に耐える真剣な顔」と勘違いして褒めているのだ。  けれど。  その言葉の芯にある「陽菜自身を肯定する想い」は、本物だった。

「……悠真くん……」  陽菜の顔が、茹でたタコのように真っ赤になる。  もう、ツッコミを入れる余裕なんてない。  ただただ、嬉しくて、恥ずかしくて。

「あ、ごめん! 変なこと言って!」  悠真も自分の発言の大胆さに気づき、慌てて顔を背けた。 「と、とにかく! また明日ね! 学校で!」 「う、うん! また明日!」

 二人は逃げるように、それぞれの家の方向へと小走りで去っていった。  夜風が、火照った頬を冷やしていく。

 陽菜は自分の部屋に戻り、ベッドにダイブした。  枕に顔を埋め、足をバタバタさせる。 「……もう、なんなん! 悠真くんのアホ! 大好き!」

 枕元でスマホが震えた。  通知には、『ボタニカル将軍、トレンド入り!』の文字。  ネットの世界ではカリスマ扱いされ、現実では天然な幼なじみに翻弄される日々。  波乱万丈な二重生活は、まだまだ終わりそうにない。

 陽菜は起き上がり、ニヤついた顔を引き締めた。 「……さて。今日のアーカイブ、見直して反省会や!」

 清楚な美少女の仮面の下で、関西弁のツッコミ魂が燃え上がる。  秘密を抱えた恋と笑いの毎日は、今日も続いていくのだった。

(完)