スピンオフ:桜庭陽菜の深夜のツッコミ道場 〜正体隠して伝説へ〜
【第2話】 話題の将軍と、悠真のマイペース
4.教室のどよめき
翌朝。 教室のドアを開けた瞬間、桜庭陽菜は異様な熱気を感じて立ち止まった。 普段なら、昨日のテレビドラマの話や、部活の話でざわめいているはずの朝のホームルーム前。 しかし今日は、男子も女子も、いくつかのグループがスマホやタブレットを囲んで盛り上がっている。
「おはよう、陽菜ちゃん!」 登校してきた神楽坂葵が、興奮気味に駆け寄ってきた。 「ねえねえ、昨日の『オカルトウォーカー』見た!?」 「えっ……!?」 陽菜の心臓が、早鐘を打った。 (ま、まさか……バレてる!?) 「あ、あはは……昨日は早く寝ちゃって……」 陽菜は精一杯の愛想笑いで誤魔化そうとした。しかし、葵のテンションは止まらない。 「もったいない! 神回だったんだよ! ほら、陸斗がアーカイブ再生の準備してくれてるから!」
葵に手を引かれ、陽菜は秋山陸斗の席へと連行された。そこには浜田健太や他の男子生徒も集まっている。 「おう陽菜! 見ろよこれ!」 健太がバンバンと陸斗の机を叩く。 陸斗は眼鏡を光らせ、タブレットの画面を指差した。 「昨夜の配信だ。……この『ボタニカル将軍』というユーザーの言語センスが、極めて秀逸だ」
画面には、昨夜の陽菜のコメントがデカデカと表示されている。 『宇宙人の仕業なわけあるか! ほんならUFOの車庫証明出してみぃ!』
「ぶははは! 車庫証明だってよ!」 「センスありすぎだろ!」 「島村さんがタジタジになってるのがウケる!」
クラスメイトたちが爆笑している。 陽菜の顔から、サーッと血の気が引いていった。 (やめて……! 私の深夜のテンションを、朝の教室で公開処刑せんといて……!) それは、自分が書いたポエムを全校集会で朗読されるに等しい羞恥プレイだった。
「この『将軍』、何者なんだろうな」 陸斗が真面目な顔で分析を始める。 「語彙の豊富さと、的確なツッコミのタイミング……。おそらく、コテコテの関西人。それも、人生経験豊富な40代〜50代の男性と推測される」 「だよねー! 大阪のおっちゃんって感じ!」 葵が同意する。
(……女子中学生や! 花を愛するボタニカル乙女や!) 陽菜は心の中で絶叫したが、顔には引きつった笑みを貼り付けたままだった。 「そ、そうだね……。怖いね、ネットって……」 「え、陽菜ちゃん怖いの?」 「うん、オカルトとか、そういう激しい言葉とか、ちょっと苦手かなって……」 陽菜はか弱い乙女を演じた。 ここで「いや、あのツッコミは愛があるんや!」などと口走れば、即座に容疑者として確保されるだろう。
5.悠真の勘違い
その日の放課後。 陽菜は、一日中「将軍」の話題に晒され続け、精神的に摩耗していた。 掃除の時間になっても、まだ男子たちはホウキをギター代わりにしながら「車庫証明出してみぃ!」と真似して遊んでいる。
(……もうええわ。聞き飽きたわそのフレーズ) 陽菜がげんなりしながら黒板を消していると、不意に背後から声をかけられた。 「……陽菜」 振り返ると、蒼井悠真が心配そうな顔で立っていた。 「あ、悠真くん。どうしたの?」 「いや、今日一日、なんか元気ないなと思って」
ドキリとした。 悠真くんは、いつも私を見ている。 写真部で培った観察眼は、時として鋭すぎるのだ。 「う、ううん! 全然元気だよ?」 「そう?」 悠真は黒板消しを陽菜の手から優しく取ると、代わりに高いところを消し始めた。 「……みんながオカルトの話ばっかりしてるから、疲れちゃったんじゃない?」 「えっ?」 「陽菜、怖い話苦手だもんね。朝も、みんなが騒いでる時、顔色悪かったし」
――勘違いだ。 盛大な勘違いだ。 顔色が悪かったのは「恐怖」ではなく「羞恥」と「身バレへの焦り」のせいだ。 けれど、悠真のその解釈は、今の陽菜にとっては渡りに船だった。
「……うん。ちょっとだけ、怖くて」 陽菜は申し訳なさと安堵がないまぜになった気持ちで、俯いてみせた。 すると、悠真は作業の手を止め、陽菜の方を向いた。 「ごめんね。俺がもっと早く気づいて、話題を変えればよかった」 「えっ、悠真くんのせいじゃないよ!」 「ううん。……だから、お詫びじゃないけどさ」 悠真は少し照れくさそうに、ポケットから何かを取り出した。 それは、駅前にできた新しいカフェの割引チケットだった。 「写真部の先輩にもらったんだ。新作のパンケーキが美味しいらしいよ。……よかったら、帰りに寄って行かない? 気分転換に」
陽菜は目を見開いた。 これは、デートの誘いではないか。 しかも、「元気のない幼なじみを励ますため」という、この上なく優しくて正当な理由つきの。 (悠真くん……っ! なんてええ子なんや……!) 心の中の関西弁オカンが感動でハンカチを噛んでいる。 自分が「将軍」であることを隠している罪悪感はあるけれど、この優しさを無下にはできない。
「……うん! 行きたい! 甘いもの食べたら、元気になるかも」 「よかった。じゃあ、掃除終わったら行こうか」 悠真がふわりと笑う。 その笑顔を見ていると、ネットの喧騒も、将軍の正体も、どうでもよくなってくる気がした。
6.パンケーキと新たな火種
駅前のカフェ。 ふわふわのパンケーキを前に、陽菜は至福の時を過ごしていた。 「おいし〜! 生クリーム最高!」 「すごいボリュームだね。食べきれる?」 「余裕だよ! 甘いものは別腹だもん」 悠真はアイスコーヒーを飲みながら、そんな陽菜を穏やかな目で見守っている。 話題は、部活のことや、次のテストのこと。 オカルトの「オ」の字も出ない、平和な時間。 陽菜は思った。 (やっぱり、リアルが一番やな。ネットの反応なんて気にせんと、こうやって悠真くんと過ごす時間が一番幸せや……)
そう。 このまま平和に一日が終わればよかったのだ。 しかし、神様(とバラエティの神様)は、陽菜に安息を与えるつもりはないらしい。
ピロリン♪ 陽菜のスマホが通知音を鳴らした。 画面を見ると、『オカルトウォーカー』の公式アカウントからの通知だ。 悠真に見えないように、そっと画面を確認する。 そこに書かれていた告知を見て、陽菜はパンケーキを喉に詰まらせそうになった。
『緊急告知! 次回の生配信にて、「ボタニカル将軍」と直接対決!? 将軍、見ていたら連絡をくれ!』
「ごふっ……! げほっ、げほっ!」 「陽菜!? 大丈夫!?」 悠真が慌ててお水を差し出す。 「だ、大丈夫……クリームが変なところに入っちゃって……」 陽菜は涙目で水を飲みながら、心の中で絶叫した。 (島村ァァァァァ! 余計なことすなァァァァ! なんで一般人を巻き込むんや!)
さらに悪いことに、グループLINEにも通知が入る。 送り主は陸斗だ。
陸斗:『速報。島村氏が将軍に対談を要求している。次回の配信は絶対に見逃せない』
健太:『マジか! すげぇ! うおぉぉ盛り上がってきた!』
葵:『ねえねえ、次回の配信、みんなで見ない? うちのお店(かぐらや)のテレビに繋いでさ! パブリックビューイングしよ!』
健太:『賛成! もんじゃ食いながら将軍の正体を推理しようぜ!』
陽菜の顔色が、パンケーキの皿よりも白くなった。 みんなで見る? 私の目の前で? もし、その場で島村から「将軍、コメントください!」なんて言われたらどうする? みんなが見ている前で、スマホを取り出して入力することなんて不可能だ。 かといって、無視したら「将軍逃げたww」と笑いものになるだろう(それは将軍としてのプライドが許さない)。
「……陽菜? やっぱり顔色悪いよ。帰ろうか?」 悠真が心配そうに覗き込んでくる。 彼の純粋な優しさが、今は痛い。 ごめんね、悠真くん。私、また嘘をつかなきゃいけない。
「う、うん……。ごめんね、ちょっと疲れが出ちゃったみたい」 陽菜は立ち上がった。 足取りは重い。 甘いパンケーキの余韻は消し飛び、口の中には、これから訪れるであろう修羅場の味が広がっていた。
逃げ場なし。 次回、「かぐらや」決戦。 陽菜の、そして「ボタニカル将軍」の運命やいかに。
(第3話へつづく)