スピンオフ:裏生徒会長の優雅な策略
【第3回】 予算委員会での迷言と論破
7.決戦の会議室
放課後の第一会議室は、鉛を飲み込んだような重苦しい空気に支配されていた。 長机の向こう側には、生活指導の鬼瓦教諭をはじめとする、強面の教師陣。対するこちら側には、私たち生徒会役員。 これより、「令和〇年度・文化祭予算編成会議」が開会される。
「……それでは、先日の通達通り、今年度の文化祭予算は昨対比70%、模擬店数は半減とする。以上だ」 鬼瓦が言い放つ。 普通なら、ここで生徒側が萎縮して終わりだ。だが、今年は違う。
私、ミナミの隣で、佐伯結衣先輩が長い脚を組み替え、コツンとヒールを鳴らした。 それが、開戦の合図だった。
「……翔太。行け」 結衣先輩が囁く。 すると、一ノ瀬翔太会長が、バッと勢いよく立ち上がった。 その瞳は、一点の曇りもなくキラキラと輝いている。
「先生方! よく聞いてください!」 一ノ瀬会長が、結衣先輩が書いた『完璧な台本』を無視して、自分の言葉で語り始めた。 結衣先輩が「チッ」と舌打ちしたのが聞こえた。
「予算を減らすということは……つまり、予算が減るということなんです!」
会議室が、一瞬で静まり返った。 鬼瓦がポカンと口を開ける。 「あ、当たり前だろう。何を言っている」 「いいえ、先生は分かっていません! 予算が70%になるということは、残りの30%がなくなるということなんですよ!」 一ノ瀬会長は、まるで世紀の大発見をしたかのようなドヤ顔で熱弁を振るう。 「私は思います。文化祭とは、祭りです。祭りである以上、それはフェスティバルでなければならない。だからこそ、文化祭なんです!」
ミナミは頭を抱えた。 すごい。言葉のキャッチボールをしているようで、ボールを一歩も前に投げていない。 その場での足踏みが凄まじい。 しかし、そのイケメンボイスと無駄な説得力のせいで、教師たちが「む、むう……? 何か深いことを言っているのか……?」と混乱し始めている。
「学生の本分は勉強だと言うけれど、今のままではいけないと思います。だからこそ、今のままではいけないと思っているんです。反省していると言いながら、反省しているふりをしているだけでは、それは反省しているとは言えない。 そうでしょう!?」
「ええい、訳のわからんことを言うな!」 鬼瓦が机を叩いて怒鳴った。 「詭弁はいい! 現実を見ろ! 数字と事実は嘘をつかんのだ!」
混乱に乗じて、結衣先輩がゆらりと立ち上がった。 一ノ瀬の襟首を掴んで強引に座らせる。 「……よくやったわ翔太。場をカオスにして相手の思考力を奪う、高等な撹乱戦術ね(ただのバカだけど)」 「えへへ、任せてよ結衣ちゃん先生!」
ここからは、結衣先輩のターンだ。 「先生。今、『数字と事実』と仰いましたね?」
8.反撃のターン
「……先生。今、『数字と事実』と仰いましたね?」 結衣先輩が、ゆらりと立ち上がった。 派手な巻き髪を揺らし、長いネイルの指先で机上の資料を弾く。その威圧感に、教師たちが一瞬たじろぐ。 「佐伯……貴様ごときが口を挟むな」 「会計としての発言です。……先生、私たちはこの二日間、徹底的に『事実』を集めてきました」
先輩が目配せをすると、私は慌てて用意していた資料を配った。 「まずはこちらをご覧ください。過去10年間の、本校の文化祭来場者数と、翌年の大学進学実績の推移グラフです」 そこには、右肩上がりの二つの折れ線グラフが描かれていた。 「ご覧の通り、文化祭が盛り上がり、来場者が増えた年の翌年は、進学実績も向上しています。相関係数は0.8以上。統計学的に見ても、『文化祭の充実が生徒のモチベーションを高め、結果として学力向上に寄与している』という仮説が成り立ちます」 「な、なんだと……?」 鬼瓦がグラフを睨む。 「『遊び惚けて学力が下がる』? それは先生の感想ですよね? データは逆を示しています」 結衣先輩の冷徹な指摘が刺さる。
「だ、だが、近隣住民の迷惑はどうする! 騒音への苦情が来ているんだぞ!」 鬼瓦が最後の砦にすがりつく。 「苦情、ですか。……では、こちらを」 先輩が次に提示したのは、分厚い束だった。 私たちが昨日、足で稼いだ署名の山だ。 「これは、学校周辺の商店街、および自治会の皆様からの署名です。『文化祭の開催を支持する』『騒音とは感じていない』『むしろ街が活気づく』……賛成率は98%を超えています」
一番上には、「かぐらや」の神楽坂さんご夫妻や、コンビニの石川さんの力強い筆跡がある。 『高校生の笑顔は、街の宝です』というコメント付きで。 「先生が仰る『苦情』とは、具体的にどこの誰からのものでしょうか? 架空の住民ですか? それとも……先生ご自身の『幻聴』ですか?」
会議室が静まり返った。 完全論破(ロジック・ブレイク)。 鬼瓦の顔が、怒りで赤黒く変色していく。 「き、貴様ぁ……! 生徒の分際で、教師を愚弄するか!!」 鬼瓦が立ち上がり、拳を振り上げた。論理で勝てない人間が最後にするのは、いつだって暴力的な威嚇だ。 一ノ瀬会長が「ひいっ!」と悲鳴を上げて机の下に隠れる。
しかし、結衣先輩は一歩も引かなかった。 それどころか、憐れむような目で鬼瓦を見据えた。 「……愚弄? まさか。私は『提案』をしているだけですよ」 先輩は、最後の一枚の資料を取り出した。 それは、生徒会の会計資料ではなく、業者のカタログのコピーだった。
9.とどめの一撃
「先生。今回の予算削減分を充当して、生活指導室に導入予定の『最新鋭監視カメラ』ですが」 結衣先輩が、カタログの型番を指差した。 「これ、おかしいですね。学校用の防犯カメラではなく、家庭用の『ペット見守りカメラ』の最上位機種ですわよね? スマホで遠隔操作できて、自動給餌器とも連動できる」 「っ!?」 鬼瓦の動きが止まった。 「不思議ですねぇ。生活指導室で、ワンちゃんでも飼うおつもりですか? ……それとも、ご自宅のリビングに設置する予定だったとか?」
その瞬間、教頭先生や他の教師たちの視線が、一斉に鬼瓦に突き刺さった。 「お、鬼瓦先生……? これはどういうことですか?」 「い、いや! 違う! これは、その、生徒の監視用に……!」 「スペックオーバーもいいところです。公私混同による予算の不正流用……なんてことになったら、文化祭どころの騒ぎではありませんわね?」
結衣先輩は、ニッコリと微笑んだ。 それは、聖母のような、あるいは悪魔のような笑みだった。 「先生。生徒の楽しみを奪う前に……ご自分の襟を正してはいかがですか?」
勝負あった。 鬼瓦はガクリと椅子に崩れ落ち、脂汗を流して沈黙した。 長い沈黙の後、一番奥に座っていた校長先生が、パン、と手を叩いた。
「……よろしい。今年度の文化祭予算は、例年通りとする。佐伯さん、君の勝ちだ」 「賢明なご判断、感謝いたします」 結衣先輩は優雅にカーテシー(お辞儀)をした。ギャルの格好で、完璧な礼儀作法。そのギャップが、最高にクールだった。
会議室を出た瞬間、一ノ瀬会長がへなへなと床に座り込んだ。 「し、死ぬかと思った……」 「情けないわね。でも、演技は悪くなかったわよ。褒めてあげる」 結衣先輩は、震える会長の頭をポンと叩いた。 「さ、帰るわよミナミ。今日は私の奢りよ!」 「はいっ! 先輩!」
廊下を歩く結衣先輩の足取りは軽い。 その背中は、どんなヒーローよりも頼もしく輝いて見えた。 派手なメイクも、巻き髪も、全てはこの瞬間のためにあったのだと錯覚するほどに。
(第4回へつづく)