スピンオフ:裏生徒会長の優雅な策略
【第2回】 情報収集と「かぐらや」の絆
4.放課後の探偵ごっこ
翌日の放課後。 生徒会室を飛び出した私、小野寺ミナミと、佐伯結衣先輩は、夕暮れの通学路を歩いていた。 目的地は、学校の膝元にある商店街だ。
「……あー、ダルい。なんで私がこんな刑事(デカ)みたいな真似しなきゃなんないのよ」 結衣先輩は、わざとらしく踵(かかと)の高いローファーを鳴らしながらぼやいた。 「厚底ローファーで長距離移動は自殺行為だわ。これだから体育会系教師は嫌いなのよ」 「せ、先輩、荷物持ちますよ」 「いいわよ。自分の鞄くらい持つわ。それよりミナミ、ICレコーダーの準備はいい?」 「はい、バッチリです」
私たちのミッションは、鬼瓦先生が予算削減の根拠として挙げた『近隣住民からの騒音クレーム』の実態調査だ。 結衣先輩の推測が正しければ、このクレームは「ごく一部の偏屈な住民の声」を過大に解釈したものか、あるいは「鬼瓦先生の脳内にある架空の住民の声」である可能性が高い。
「いい? ターゲットは商店街の店主たちよ。彼らは街の情報屋みたいなものだからね」 結衣先輩は、手鏡で前髪をミリ単位で調整しながら言った。 「まずは、情報のハブ(中枢)を攻めるわよ」
5.コンビニ前の作戦会議
私たちが辿り着いたのは、商店街の入り口にあるコンビニ「スマイルマート」だった。 自動ドアが開くと、冷房の涼しい風と共に、店主の石川さんの「いらっしゃいませ」という穏やかな声が聞こえた。
「あら、結衣ちゃん。今日は早いね」 レジにいた石川さんが、親しげに声をかけてくる。 「ええ、ちょっと野暮用でね。……石川さん、今ちょっといい?」 結衣先輩は、ギャル口調ではあるが、大人に対する礼儀をわきまえたトーンで切り出した。 「単刀直入に聞くけど、うちの学校の文化祭、迷惑してる?」
石川さんはきょとんとして、それから笑った。 「迷惑? まさか。一年のうちで一番売り上げがいい日だよ。準備期間も含めて、生徒さんたちがたくさん来てくれるからね」 「騒音とか、ゴミの問題とかは?」 「ゴミは、結衣ちゃんたちが翌日ゴミ拾いをしてくれてるのを知ってるからね。騒音だって、活気があっていいって言ってる常連さんが多いよ」 石川さんの証言は、鬼瓦先生の主張とは真逆だった。 「……やっぱりね。ありがとう、石川さん。それ、一筆書いてもらえる?」 「お安い御用だよ」
その時だった。 「あー! 結衣先輩だ!」 「マジだ、結衣姉ちゃん!」 店の外から、賑やかな声が響いてきた。 振り返ると、そこには本編でもおなじみの、中学生グループが自転車で乗り付けてくるところだった。 水泳部の浜田健太くん、写真部の蒼井悠真くん、そして神楽坂葵ちゃんたちだ。
「げっ、ガキんちょ共……」 結衣先輩は舌打ちしそうな顔をしたが、その目は決して冷たくなかった。 「よっす。あんたたち、また買い食い?」 「部活帰りっすよー! 腹減って死にそう!」 健太くんが大袈裟に腹をさする。 「結衣先輩、生徒会のお仕事ですか? カッコいい!」 葵ちゃんが目を輝かせて近寄ってくる。
ミナミは驚いた。 学校では「毒虫」として恐れられている結衣先輩が、地域の中学生たちからはこんなにも慕われているなんて。 先輩は、「仕方ないわねぇ」とため息をつきつつ、財布を取り出した。 「ほら、今日は私が奢ってあげるから。好きなアイス一本ずつ選びなさい」 「「うおぉぉぉ! 姉御ぉぉぉ!!」」 中学生たちが歓声を上げてアイスケースに群がる。 その光景を見て、ミナミは確信した。この人は、やっぱり「いい人」だ。本人は否定するだろうけれど。
「……ねえ、あんたたち」 アイスをかじる中学生たちに、結衣先輩が何気なく尋ねた。 「今年の高校の文化祭、来るつもり?」 「もちろん行きますよ!」 即答したのは悠真くんだった。 「写真部で記録係やってるんで、高校の展示とかすごく勉強になるんです」 「私は、合唱部の先輩たちのステージ見に行きたいです!」 眼鏡をかけた藤沢琴音ちゃんが続く。 「俺は模擬店荒らしに行くぜ!」 健太くんがガッツポーズをする。 「私は……『かぐらや』の屋台を出す予定なんですけど……」 葵ちゃんが少し不安そうに言った。 「お父さんが張り切って業務用の鉄板を持ち込むって言ってて。大丈夫かなって」
結衣先輩の眉がピクリと動いた。 「業務用の鉄板? 重機でも使う気?」 「ううん、人力で。……あ、でも、高校の先生から『今年は規模縮小するかも』って噂を聞いたんですけど、本当ですか?」 葵ちゃんの言葉に、その場が静まり返った。 中学生たちの顔に、不安の色が広がる。 「えっ、マジ? 模擬店減るの?」 「楽しみにしてたのに……」
結衣先輩は、かじりかけのアイスを口から離し、フッと笑った。 それは、生徒会室で見せる「裏会長」の、不敵な笑みだった。 「……誰がそんなデマ流したのかしらね。大丈夫よ」 先輩は、葵ちゃんの頭をポンと撫でた。 「私がいる限り、そんなショボい真似はさせないわ。パパさんに言っといて。『最高の焼きそば焼く準備しとけ』って」 「……はい! 伝えます!」 葵ちゃんの顔がパッと明るくなる。
「さ、食べたなら帰りなさい。暗くなるわよ」 先輩は手を振って、中学生たちを追い払った。 彼らが去った後、先輩は小さく呟いた。 「……あいつらの楽しみを奪う権利なんて、あの石頭にはないわ」
6.「かぐらや」の署名と、確信
その後、私たちは葵ちゃんの実家である「かぐらや」にも立ち寄った。 夕方の店内は、鉄板焼きの香ばしい匂いで満ちていた。 「いらっしゃい! おや、結衣ちゃんじゃないか」 厨房から顔を出した葵ちゃんのお父さんが、人懐っこい笑顔を見せる。 「マスター、こんばんは。……ちょっと、署名お願いできる?」 結衣先輩が事情を説明すると、お父さんとお母さんは二つ返事で了承してくれた。 「文化祭がうるさいだって? 冗談じゃないよ。年に一度のお祭り騒ぎだ、街全体が元気になっていいじゃないか」 「そうよ。うちなんて、高校生の子たちが打ち上げに来てくれるのが一番の楽しみなんだから」 二人は署名用紙に力強く名前を書いてくれた。 さらに、店にいた常連のお客さんたち――豆腐屋のお婆ちゃんや、魚屋の源蔵さんまでが、「俺も書くぞ!」「高校の文化祭は孫の晴れ舞台なんだ!」と、次々に署名してくれた。
店を出る頃には、署名用紙は枠が足りなくなるほど埋まっていた。 「……すごいですね、先輩」 ミナミは、手の中にある紙の重みに震えた。 これはただの紙切れじゃない。この街の人たちの、想いの結晶だ。 「この街の人たちはね、義理人情に厚いのよ。……あと、祭りが大好きなの」 結衣先輩は、満足げに夜空を見上げた。 「これで『近隣住民の理解』というカードは揃ったわ」
しかし、まだ足りない。 鬼瓦先生を黙らせるには、感情論だけでは不十分だ。 奴が一番嫌がる「数字」と「論理」で、逃げ道を塞ぐ必要がある。
「ミナミ、明日学校に行ったら、過去10年分の進学実績データと、文化祭の来場者数推移をグラフ化して」 「は、はい! ……でも、それが何に?」 「鬼瓦は『文化祭が学力低下を招く』と言ったわよね。……もし、文化祭が盛り上がった年ほど、進学実績が良いというデータが出たら、どうなると思う?」 ミナミはハッとした。 「奴の主張の根底が崩れます!」 「ご名答。……相関関係と因果関係は別物だけど、数字は嘘をつかないフリをしてくれるからね」 結衣先輩はニヤリと笑った。 その顔は、とても高校生とは思えない、老獪な策士のようだった。
帰り道。 結衣先輩は、ふとショーウィンドウに映った自分の姿を見て、あーあと嘆いた。 「……歩きすぎて、巻き髪取れちゃった。これじゃただのヤンキーよ」 「そ、そんなことないですよ! 先輩、カッコいいです!」 ミナミが本心から言うと、先輩は少し照れくさそうに顔を背けた。 「……褒めても何も出ないわよ。さ、帰って寝るわよ。明日は決戦なんだから」
私たちは駅で別れた。 ミナミは、鞄の中の署名用紙を握りしめながら思った。 明日の予算委員会。 きっと、凄いことが起きる。 あの「裏生徒会長」が、牙を剥く瞬間を、特等席で見られるのだ。 胃の痛みはいつの間にか消え、代わりに武者震いのような興奮が、ミナミの胸を満たしていた。
(第3回へつづく)