地方都市のメロディ 〜桜舞う通学路〜
第26話:年末年始、それぞれの家族時間
大晦日の朝。地方都市の空は、雲ひとつない快晴だった。 ピンと張り詰めた冷気の中に、どこか慌ただしくも浮き足立った気配が満ちている。
「お兄ちゃん、起きてよー! もうお昼だよ!」 桜庭陽菜が、リビングのソファで毛布にくるまっている塊を揺すった。 「ん……あと五分……」 「帰省してまで寝正月しないでよ。お母さんがお蕎麦茹でるって」 もぞもぞと起き出したのは、東京の大学に通う兄だ。昨夜遅くに帰ってきたばかりで、まだ眠気が残っているらしい。 「あー、久々に実家の布団で寝たら爆睡したわ……。陽菜、お前なんか背伸びたか?」 「伸びてないよ。お兄ちゃんが猫背になっただけ」 陽菜は笑いながら、兄にお茶を淹れた。 久しぶりに家族四人が揃う食卓。 テレビからは賑やかな特番の音が流れ、台所からは出汁のいい香りが漂ってくる。 「大学はどうだ? ちゃんと単位取れてるのか?」 父が新聞を読みながら尋ねると、兄は「まあぼちぼち」と茶を啜る。 「それより陽菜、部活どうなんだ? 楽しんでるか?」 「うん。ボタニカル・デザイン部、結構本格的だよ。今度、駅前の花壇のデザインも任されるかも」 「へぇ、すごいじゃん。陽菜のセンス、昔から好きだったもんな」 兄の何気ない言葉に、陽菜は嬉しくなった。 離れて暮らしていても、こうして顔を合わせればすぐに昔のような距離感に戻れる。家族という安心感が、陽菜の心を温かく満たした。
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一方、商店街は一年の最後のかき入れ時でごった返していた。 「へいらっしゃい! 新鮮なブリだよ! 正月の照り焼きに最高だよ!」 浜田鮮魚店の店先では、浜田健太がねじり鉢巻姿で声を張り上げていた。 「健太くん、精が出るねぇ! ひとつ貰おうか」 「ありがとうございます! おまけしときますよ!」 手際よく魚を包み、客に手渡す。その活気ある姿は、父親譲りの商売人の顔だ。 「健太、休憩していいぞ。昼飯食ってこい」 父の源蔵が奥から声をかける。 「おう! じゃあ『かぐらや』で蕎麦食ってくる!」
健太が走っていった先の「かぐらや」もまた、戦場のような忙しさだった。 大晦日恒例の年越しそば目当ての客で、店の外まで行列ができている。 「いらっしゃいませ! 相席でもよろしいですか?」 神楽坂葵がホールを縦横無尽に駆け回っている。 「おう、葵! 手伝うか?」 「あ、健太! ううん、大丈夫! 健太も忙しいでしょ? すぐお蕎麦出すね!」 葵は額の汗を拭いながら、満面の笑みで応える。 忙しいけれど、この活気が好きだ。街のみんなが、一年の締めくくりにこの店の味を求めてくれることが誇らしい。 厨房では両親が息の合った連携で蕎麦を茹で、天ぷらを揚げている。 その背中を見ながら、葵は改めて思った。 (やっぱり私、この店が好きなんだなぁ)
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秋山家では、少し違った形の「戦い」が繰り広げられていた。 「あーっ! お兄ちゃんズルい! そのコンボなし!」 妹の美咲がコントローラーを投げる勢いで叫ぶ。 「甘いな。ルール無用が対戦の鉄則だ」 秋山陸斗は涼しい顔で画面を見つめている。 リビングの炬燵(こたつ)には、みかんの皮が山積みになり、テレビ画面には格闘ゲームが映し出されている。 「もう一回! 次は絶対勝つ!」 「何度やっても結果は同じだ。……と言いたいところだが、ハンデとして片手でやってやろう」 「なめないでよ!」 美咲が再びコントローラーを握る。 口では憎まれ口を叩きながらも、陸斗は妹の相手を長時間続けていた。 普段は自分の部屋に篭りがちな彼だが、年末年始くらいはリビングで過ごすのも悪くないと思っているようだ。
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藤沢家では、静かな時間が流れていた。 音楽教室も今日はお休み。 藤沢琴音は、母と一緒にリビングで第九のコンサート映像を見ていた。 「……やっぱり、年末はこれね」 母が紅茶を飲みながら呟く。 「ええ。合唱の迫力がすごいわ」 琴音は、画面の中の合唱団を見つめながら、自分の部活動のことを考えていた。 来年は三年生。最後のコンクールが待っている。 (あんな風に、魂を揺さぶるような歌を歌いたい) 決意を新たにする琴音の横顔を、母が優しく見守っていた。
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そして、除夜の鐘が鳴り終わると、新しい年が明けた。 元旦の朝。 地元の神社は、初詣客で賑わっていた。 お賽銭を投げ、柏手を打つ音。甘酒の香り。
「あ、悠真くん!」 人混みの中で、着物姿の陽菜が手を振った。 「陽菜! あけましておめでとう」 蒼井悠真が駆け寄る。彼もまた、家族と初詣に来ていたようだ。 「あけましておめでとう。着物、似合ってるね」 「ありがとう。お母さんのなんだけどね」 陽菜は少し恥ずかしそうに袂(たもと)を直した。淡いピンク色の着物が、新春の光に映えている。 「悠真くんは何をお願いしたの?」 「今年は……『挑戦』かな。写真も、勉強も」 「そっか。私はね、『継続』。今の楽しい時間が、ずっと続きますようにって」
「おーい! お前らも来てたのか!」 向こうから、健太と葵、それに陸斗と琴音もやってきた。 どうやらみんな、示し合わせたわけではないのに、同じ時間に集まってしまったらしい。 「今年もよろしくな!」 「ことよろー!」 いつものメンバーが揃うと、神社の境内が一気に賑やかになる。
ふと、悠真は絵馬掛け所の方に、見覚えのある背中を見つけた。 佐竹涼子先輩だ。 真剣な表情で絵馬を結び、長い時間、手を合わせている。 その横顔は凛としていて、迷いがないように見えた。 (先輩、頑張ってください) 悠真は心の中でエールを送り、仲間たちの輪に戻った。
「よし! おみくじ引こうぜ!」 健太の提案で、みんなでおみくじを引くことに。 「俺は大吉!」 「私は中吉……」 「凶だ。……確率は収束するから問題ない」 一喜一憂する声が響く。
新しい年が始まった。 中学二年生の三学期。そして、三年生への助走期間。 冷たく澄んだ空気の中で、六人の笑顔が白く輝いている。 どんな一年になるかはわからないけれど、きっとまた、騒がしくて温かい日々が待っているはずだ。
悠真はカメラを取り出し、新年の最初の光景を切り取った。 ファインダーの中のみんなが、今年もよろしくと言っているような気がして、悠真も小さく頷きながらシャッターを切った。
(第27話へつづく)