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第24話:冬の始まり、冷たい空気と温かい場所

地方都市のメロディ 〜桜舞う通学路〜

第24話:冬の始まり、冷たい空気と温かい場所

十二月に入ると、地方都市の空気はガラスのように硬質で透明なものへと変わった。 「木枯らし」と呼ばれる乾いた北風が、容赦なく吹き付ける。 通学路の桜並木は完全に葉を落とし、生徒たちはコートの襟を立て、マフラーに顔を埋めて、白い息を吐きながら足早に歩いていた。

「さっむ……! マジで耳ちぎれるかと思った……」 放課後、いつものメンバーが逃げ込むように入ったのは、商店街にある「かぐらや」だ。 カランコロン、というベルの音と共に、店内の湯気と活気が彼らを迎え入れる。 眼鏡をかけた藤沢琴音と秋山陸斗のレンズが、瞬時に真っ白に曇った。 「前が見えないわ……」 「視界不良だ。誘導頼む」 二人が眼鏡を外して拭く姿に、神楽坂葵が笑いながらお冷とおしぼりを運んでくる。 「いらっしゃい! 今日は一段と寒いねぇ。奥の『鉄板席』空いてるよ!」

案内されたのは、店の一番奥にある、大きな鉄板が埋め込まれたテーブル席だ。 この席は冬場、特等席となる。 鉄板の下の火を入れると、テーブル全体が巨大なカイロのように温まり、冷え切った手先や膝をじんわりと解凍してくれるのだ。 「はぁ〜……生き返るぅ……」 浜田健太が鉄板の縁に手をかざして目を細める。 「やっぱり冬はここだね。炬燵(こたつ)より温かいかも」 桜庭陽菜も幸せそうな表情だ。

「ご注文は?」 「お好み焼き! 豚玉とチーズ餅天!」 「あと焼きそばも大盛りで!」 注文を受けると、葵は手際よくボウルに入ったタネと、山盛りの麺を運んできた。 「はいよ! 今日は私が焼く? それとも自分たちでやる?」 「俺がやる!」 健太がコテを構える。 「じゃあ任せた。……あ、焼きそばは私が厨房で炒めて持ってくるね」

ジュウゥゥッ! 熱せられた鉄板に生地を落とす音が、店内に心地よく響く。 ソースが焦げる香ばしい匂いと、鰹節が踊る湯気。 蒼井悠真は、その光景を眺めながら、ふとカウンター席の方へ目をやった。

そこには、いつものように中学三年生の佐竹涼子先輩が座っていた。 だが、その背中は以前よりも少し小さく、そして張り詰めているように見えた。 目の前には食べかけのラーメン。その横には、分厚い参考書と単語帳が広げられている。 時折、箸を止めては眉間にしわを寄せ、何かをブツブツと呟きながらノートに書き込んでいる。 受験まであと二ヶ月あまり。追い込みの時期だ。

カランコロン。 再びドアが開き、冷たい風と共に一人の男性が入ってきた。 コンビニ「スマイルマート」のオーナー、石川泰介だ。 「いらっしゃいませー! あ、石川さん!」 「やあ、こんばんは。寒いねえ」 石川さんはコートの肩についた埃を払いながら、カウンター席の端、涼子の二つ隣に座った。 「いつもの、でいいかい?」 「はい! ラーメンと半チャーハンですね!」 葵の父が厨房から応える。

石川さんは、お冷を一口飲むと、さりげなく涼子の方へ視線を向けた。 「佐竹さん、精が出るね」 声をかけられた涼子は、ハッとして顔を上げ、少し慌てて挨拶をした。 「あ、石川さん。こんばんは」 「根を詰めるのもいいが、麺が伸びちまうよ。温かいうちに食べなさい」 「……はい。考え事してたら、つい」 涼子は照れくさそうに笑い、再び箸を動かし始めた。 「今年の冬は冷えるからね。体調管理も受験科目の一つだよ」 石川さんの言葉は、説教臭さはなく、親戚の叔父さんのような温かさを含んでいる。 「ありがとうございます。……石川さんのお店で買った『合格祈願カイロ』、毎日使ってます」 「そりゃあよかった。ご利益があるといいんだがね」

鉄板席の悠真たちも、その会話を静かに聞いていた。 「……先輩、大変そうだな」 健太がひっくり返したお好み焼きを見つめながら呟く。 「うん。私たちも、来年はあそこにいるのかな」 陽菜がコテで生地を切り分ける。 鉄板から立ち上る湯気の向こうに、自分たちの未来がぼんやりと透けて見える気がした。

「はい、焼きそばお待たせ!」 葵が厨房から、熱々の焼きそばを運んできた。鉄板の上にスライドさせると、再びジュウッといい音が鳴る。 「わぁ、美味しそう!」 「いただきます!」 みんなで熱々のお好み焼きと焼きそばを頬張る。 ハフハフと白い息を吐きながら食べる冬の味は格別だ。 外の寒さなんて忘れてしまうくらい、この場所は熱気に満ちている。

「……あ」 陸斗が、自分の分の焼きそばを取り分けようとして、ふと手を止めた。 彼は小皿に綺麗に焼きそばを盛ると、立ち上がってカウンター席の方へ歩いていった。 「佐竹先輩」 「え? 秋山くん?」 涼子が驚いて振り返る。 「これ、よかったらどうぞ。……糖分補給にはなりませんが、炭水化物は脳のエネルギーになりますから」 陸斗は無表情のまま、焼きそばの小皿を差し出した。 「えっ、いいの? 悪いわよ」 「作りすぎたんで。処理班を手伝ってください」 ぶっきらぼうな言い方だが、それが彼なりのエールであることは誰の目にも明らかだった。 「……ふふ、ありがとう。いただくわ」 涼子は嬉しそうに小皿を受け取った。

「陸斗のやつ、やるなぁ」 健太がニヤニヤしながら、戻ってきた陸斗の肩を叩く。 「うるさい。計算上、余剰分が出ただけだ」 陸斗は耳を赤くして眼鏡を直した。

食後、石川さんが会計を済ませて立ち上がった。 「じゃあ、ごちそうさん。……佐竹さん、これ」 石川さんはポケットから、温かい缶コーヒーを取り出して涼子の前に置いた。 「店に来る前に買っておいたんだ。頑張りなさい」 「えっ、石川さん……すみません、ありがとうございます」 涼子が頭を下げると、石川さんは片手を挙げて店を出て行った。

「……温かいね、この店」 琴音が、湯気の立つお茶を飲みながらしみじみと言った。 「うん。鉄板だけじゃないね」 悠真も頷いた。 ここには、ストーブよりも温かい、人の想いが循環している。 受験という孤独な戦いをしている先輩も、ここでは決して一人じゃない。 街全体が、彼女を見守り、応援しているのだ。

「よし、俺たちも帰って勉強するか! 先輩に負けてらんねぇ!」 健太が最後のひと口を飲み込んで立ち上がった。 「珍しいこと言うわね」 「明日は小テストだからな!」

店を出ると、相変わらず冷たい北風が吹いていた。 けれど、お腹の底と胸の奥に残る温かさが、寒さを和らげてくれている。 カウンターの中で、缶コーヒーを握りしめて再びペンを走らせる先輩の背中が、窓越しに見えた。 「頑張ってください」 悠真は心の中で小さく呟き、白い息を夜空に吐き出した。 冬は始まったばかり。 けれど、この街の冬は、決して寒くはない。

(第25話へつづく)