YMO世代の気持ち

YMOファンメーリングリストの管理者が思ったことを書いていきます。

第21話:夕暮れの語らい、小さな寂しさ

地方都市のメロディ 〜桜舞う通学路〜

第21話:夕暮れの語らい、小さな寂しさ

文化祭の代休となった月曜日の午後。 平日の昼間という、中学生にとっては少し背徳感のある時間帯の公園は、静まり返っていた。 祭りの後の高揚感はすでに引き潮のように去り、蒼井悠真たちの間には、心地よい倦怠感と、秋の深まりを感じさせる涼しい風が漂っていた。

「……なんかさ、力が抜けるよな。あんなに準備したのに、終わるのって一瞬だ」 ブランコに座り、ゆらゆらと揺れながら浜田健太が空を見上げた。 「燃え尽き症候群ね。医学的には、大きなイベント後のドーパミン減少による一時的な抑うつ状態に近いわ」 隣のブランコで、藤沢琴音が分厚い文庫本を膝に置きながら冷静に分析する。 「琴音ちゃん、難しい言葉使わないでよー。余計に寂しくなるじゃん」 神楽坂葵がベンチで足をぶらつかせながら、パックのジュースを啜った。

六人は、通学路の途中にある「どんぐり公園」に集まっていた。 特に何をするわけでもない。ただ、文化祭という非日常から、日常へと戻るためのリハビリのような時間だ。 悠真は、ファインダーを覗くこともなく、足元に落ちているクヌギのどんぐりを拾い上げていた。 艶やかな茶色の実。夏の間は緑色だった木々も、いつの間にか色づき始めている。

「おーい! お姉ちゃーん!」 その時、公園の入り口から元気な声が響いた。 ランドセルを背負った小学生の女の子二人が、走ってくる。 葵の妹、小学四年生の神楽坂陽菜(ひな ※読みは「ひな」ですが、主人公・桜庭陽菜と被るので、以下「ヒナ」と表記して区別します)と、秋山陸斗の妹、小学五年生の秋山美咲だ。 小学校は通常授業だったらしく、ちょうど下校時間のようだ。

「あ、ヒナ! おかえり。早かったね」 葵が手を振ると、ヒナはニコニコしながら駆け寄ってきた。 「今日ね、給食当番だったの! カレーこぼさなかったよ!」 「えらいえらい」 葵が妹の頭を撫でる姿は、すっかり「お母さん」のようだ。

一方、美咲は一直線にベンチの陸斗のもとへ向かい、ドカッとランドセルを兄の膝の上に置いた。 「重いんだけど……」 陸斗が眉をひそめると、美咲はニシシと笑った。 「お兄ちゃん、文化祭でゲーム大会やってたんでしょ? 噂になってたよ。『あのオタク兄貴が覚醒してた』って」 「……誰だそんな噂を流したのは。風評被害だ」 「えー、いいじゃんカッコよくて! 私も見たかったなぁ」 美咲は陸斗の背中をバンバンと叩く。インドア派の兄とは対照的に、美咲は活発で運動神経も良い。この兄妹の凸凹感は、見ていて飽きない。

「悠真お兄ちゃん! 写真撮ってー!」 ヒナが悠真にねだると、美咲もピースサインを作る。 「いいよ。はい、チーズ」 悠真がカメラを向けると、二人は満面の笑みでポーズをとった。 カシャッ。 何の悩みもない、純度100パーセントの笑顔。 「いい笑顔だ。……なんか、眩しいな」 悠真がモニターを確認しながら呟くと、隣にいた桜庭陽菜(サクラバ ヒナ)がそっと覗き込んできた。 「本当だね。……私たちも、ちょっと前まではあんな感じだったのかな」 「そうかもね。ランドセル背負って、今日の給食の話とか、明日の遊びの予定だけで頭がいっぱいだった」

悠真は、小学生たちの姿と、今の自分たちを重ね合わせた。 たった数年の違い。けれど、その間には見えない川が流れているようだ。 進路のこと、将来のこと、人間関係の機微。 大人になるということは、少しずつ荷物が増えていくことなのかもしれない。 ランドセルは下ろせても、心の荷物は簡単には下ろせない。

「ねえねえ、健太お兄ちゃん! 雲梯(うんてい)競争しよ!」 美咲が健太を挑発する。 「おう! 望むところだ! 水泳部の筋力見せてやるよ!」 健太が大人げなく立ち上がり、小学生たちと遊び始めた。 「あ、私も混ぜてー!」 葵も加わり、公園が一気に賑やかになる。

ベンチに残ったのは、悠真、陽菜、琴音、陸斗の四人。 「……健太と葵は、精神年齢があの子たちと同じなのかもしれないわね」 琴音が呆れたように、しかし優しく微笑みながら言った。 「いや、あれは高いコミュニケーション能力の為せる技だ。僕には真似できない」 陸斗が、はしゃぐ妹を見つめながらポツリと言う。 「でもさ、陸斗くん。美咲ちゃん、お兄ちゃんのこと大好きだよね」 陽菜が言うと、陸斗は少し照れくさそうに視線を逸らした。 「……うるさいだけだよ。家じゃゲームの邪魔ばっかするし」 そう言いながらも、彼が妹のランドセルを大事そうに膝に抱えているのを、みんな知っていた。

「……悠真くん」 陽菜が小声で呼んだ。 「ん?」 「私ね、早く大人になりたいなって思う時もあるけど……今日みたいに、夕暮れの公園でみんなとぼーっとしてる時間が、一番好きかも」 陽菜の視線の先では、健太が雲梯から落ちて、小学生たちに大笑いされている。 夕日が、彼らのシルエットを金色に縁取っていた。 「そうだね。……俺も、この時間が好きだよ」 悠真はカメラを構えた。 被写体は、無邪気に遊ぶ仲間たちと、それを見守る友人たち。 そして、その背景に広がる、秋色の空。

『夕焼け小焼け』のメロディが、街の防災無線から流れてきた。 五時のチャイムだ。 「あ、帰らなきゃ! 今日はハンバーグなんだ!」 ヒナが叫ぶ。 「えー、もっと遊びたいー!」 美咲が駄々をこねるが、陸斗が立ち上がった。 「帰るぞ、美咲。母さんが怒る」 「ちぇー。お兄ちゃんのケチ!」

小学生たちが嵐のように去っていくと、公園には再び静寂が戻った。 けれど、先ほどまでの少し重たい倦怠感は消え、代わりに温かい余韻が残っていた。 「俺たちも帰るか」 健太が砂を払いながら戻ってきた。 「そうね。日が暮れると寒くなってきたわ」 琴音がカーディガンを羽織る。

帰り道。 それぞれが自転車を押し、ゆっくりと歩く。 「ねえ、冬休みになったらさ、またみんなで集まろうよ」 葵が提案した。 「クリスマスとか、大晦日とか!」 「気が早いな。まだ十月だぞ」 健太が笑うが、誰も否定はしない。 未来への不安はある。変わっていくことへの寂しさもある。 けれど、こうして約束を交わすことで、繋がっていられる気がした。

「じゃあ、また明日」 交差点で手を振る。 悠真は一人になり、冷たくなり始めた夜風を感じながら歩いた。 ふと、ポケットの中のカメラの重みを感じる。 今日撮った小学生たちの笑顔。そして、それを見つめる自分たちの眼差し。 季節は進む。 僕たちは、大人の階段を一段ずつ登っている。 少しの寂しさを抱えながら、それでも、明日に向かって。

街灯がポツリと点き始めた地方都市の夜空に、一番星が光っていた。 悠真はそれを一瞥し、家路を急いだ。 温かい夕飯が待っている場所へ。

(第22話へつづく)