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第18話:陸斗の輝き、ゲームの世界

地方都市のメロディ 〜桜舞う通学路〜

第18話:陸斗の輝き、ゲームの世界

文化祭初日。 地方都市の中学校は、朝からカオスな熱気に包まれていた。 正門には極彩色のアーチが掲げられ、昇降口から廊下に至るまで、クラスごとのポスターや装飾で埋め尽くされている。 焼きそばのソースの匂い、綿あめの甘い香り、そしてスピーカーから流れる放送部のBGM。 日常という枠組みが取り払われ、学校全体が巨大なテーマパークへと変貌していた。

「いらっしゃいませー! 2年1組の縁日、やってるよー!」 法被(はっぴ)を着た神楽坂葵が、廊下で元気よく呼び込みをしている。 「葵ちゃん、休憩入っていいよ。俺代わるから」 クラスメイトに声をかけられ、葵は額の汗を拭った。 「ありがとう! じゃあちょっと他のとこ見てくるね!」

葵が向かったのは、本校舎の喧騒から少し離れた特別棟だ。 その一角、普段はあまり人が寄り付かない「デジタルコンテンツ研究部」の部室前には、なぜか人だかりができていた。 「えっ、すごい人……!」 葵が背伸びをして覗き込むと、暗幕で薄暗くされた教室の中に、大型のモニターが設置され、ゲームのプレイ画面が映し出されていた。 デジコン部の出し物は『e-スポーツ体験会 〜君は部員に勝てるか〜』だ。

「さあさあ! 挑戦者求む! うちの部長に勝ったら、なんと学食の無料券プレゼントだぜ!」 マイクを握って実況席に座っているのは、なぜか水泳部の浜田健太だった。 「なんで健太がいるのよ……」 葵が呆れて呟くが、その隣には記録係としてカメラを構える蒼井悠真の姿もあった。

「次の挑戦者は、3年のバスケ部エース、木村先輩だー!」 歓声が上がる。 モニターの前には、コントローラーを握る二人の男子生徒。 一人は体格の良い運動部の先輩。 そしてもう一人は、少し猫背で眼鏡をかけた、秋山陸斗だ。

「手加減しねぇぞ、オタク君」 先輩が挑発するが、陸斗は表情一つ変えない。 「……お手柔らかに」 ボソリと呟くと同時に、試合開始のカウントダウンが始まった。 ゲームは、格闘ゲームの金字塔的なタイトルだ。

「レディー……ファイッ!」

試合が始まった瞬間、陸斗の雰囲気が一変した。 普段の気怠げな様子は消え失せ、眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。 画面の中のキャラクターが、目にも止まらぬ速さで動き出した。

「おっと! 木村先輩の猛攻だ! パワーで押し切る気かー!?」 健太の実況が煽る。 先輩のキャラが重い一撃を繰り出す。誰もが当たったと思った瞬間、陸斗のキャラは紙一重で回避し、隙だらけになった相手の背後に回り込んでいた。

「……そこだ。発生フレーム12F(フレーム)の隙」

陸斗の口から、冷静かつ流暢な言葉が漏れた。 それと同時に、彼の指先がコントローラーの上で芸術的なダンスを踊る。 タタタンッ! という軽快な操作音と共に、画面の中では美しいコンボが炸裂した。 「うおぉぉぉ! 入ったー! 陸斗の必殺コンボだー!」 「なっ、なんだ今の動き!?」 先輩が焦って反撃しようとするが、陸斗はそれを全て読み切っているかのように捌(さば)いていく。

「ジャンプ攻撃は対空で落とす。起き攻めは重ねて……ここで下段」 陸斗はまるで詰将棋を解くように、淡々と、しかし的確に相手を追い詰めていく。 「焦って大技を振るのは悪手だ。その技はガードされたら確反(確定反撃)がある」 解説しながらプレイする余裕。 それは、単なるゲーム好きの領域を超えていた。 情報の処理速度、反射神経、そして膨大な知識量。 普段、教室の隅で静かに過ごしている彼の中に眠る「才能」が、今まさに爆発していた。

「K.O.!」

モニターに勝者の文字が表示されると、教室中からどよめきと拍手が巻き起こった。 「つ、つえぇ……」 「あいつ何者だよ……」 「解説かっこよすぎだろ」

陸斗はヘッドセットを外すと、いつもの眠たげな表情に戻って、小さく息を吐いた。 「……対戦ありがとうございました」 礼儀正しく頭を下げるその姿に、負けた先輩も苦笑いするしかなかった。 「完敗だわ。すげぇな、お前」

「はい! というわけで勝者はデジコン部部長、秋山陸斗ー!」 健太が陸斗の手を高々と挙げる。 観客の中にいた葵も、思わず大きな拍手を送った。 「陸斗、すごい……!」

人混みをかき分けて、悠真が陸斗のそばに寄った。 「お疲れ、陸斗。すごい人気じゃん」 「……健太が客寄せパンダになったおかげだろ。疲れる……」 陸斗は眼鏡を拭きながらぼやくが、その顔は満更でもなさそうだ。 「でも、楽しそうだったよ。解説してる時の陸斗、輝いてた」 悠真が撮ったばかりの写真を見せる。 暗い部室の中、モニターの明かりに照らされた陸斗の横顔。その瞳は、獲物を狙う猛禽類のように鋭く、そして美しかった。 「……被写体が良いからな」 陸斗は憎まれ口を叩いて、照れ隠しにジュースを飲んだ。

「陸斗くーん!」 そこへ、葵が駆け寄ってきた。 「かっこよかったよ! 本当にプロゲーマーになれそう!」 「……まあ、地方大会レベルなら負けない計算だ」 「でた、陸斗節!」 葵が笑うと、健太もマイクを置いて割り込んできた。 「だろ? 俺の親友はすげぇんだよ! 次は誰だ! 俺が相手してやるぞ!」 「お前は格ゲー弱いだろ。スマブラならまだしも」 陸斗が冷静に突っ込む。

賑わう部室の入り口で、その様子を静かに見つめる人物がいた。 ボタニカル・デザイン部のシフトを終えた桜庭陽菜と、合唱部の出番を控えた藤沢琴音だ。 「陸斗くん、すごいね。あんな大きな声出してるの初めて見たかも」 陽菜が目を丸くする。 「ええ。普段は省エネモードだけど、自分のフィールドに入った時の彼は、別人ね」 琴音は感心したように頷いた。 「私たちも負けてられないわね。陽菜、装飾の仕上げは?」 「うん、バッチリ! 琴音ちゃんも、ステージ頑張ってね」 「もちろんよ」

それぞれの場所で、それぞれの輝きを放つ一日。 文化祭という非日常の魔法が、少年少女たちの背中を押していた。 陸斗は再びコントローラーを握り、次の挑戦者に向き直る。 その背中は、いつもの猫背ではなく、自信に満ちた「主役」の背中だった。

「さあ、始めようか。……次のラウンドだ」

悠真は、その瞬間を逃さずシャッターを切った。 モニターの光の中に浮かび上がる、友の夢への一歩を。

(第19話へつづく)