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第15話:夏休みの幕開け、それぞれの自由

地方都市のメロディ 〜桜舞う通学路〜

第15話:夏休みの幕開け、それぞれの自由

『ブロロロロロ……!』 腹に響く重低音と共に、ディーゼルエンジンの振動が足の裏から伝わってくる。 磯の香りと、オイルの匂い。 港を出た小型の漁船は、白い波飛沫を上げながら、夏の海を滑るように進んでいた。

「うおぉぉ! すっげぇ風!」 船首(ミヨシ)に立った浜田健太が、Tシャツを風にはためかせながら叫んだ。 「健太、危ねぇぞ! 座ってろ!」 操舵室から顔を出したのは、ねじり鉢巻にサングラス姿の健太の父、源蔵(げんぞう)だ。真っ黒に日焼けした肌と太い腕は、まさに海の男。「ちゃきちゃき」とした気質は、完全に息子に遺伝している。 「へへっ、平気だよ親父! みんな、見てみろよ! 水が青いぞ!」

蒼井悠真は、船縁を掴みながら海を覗き込んだ。 港の中は深緑色だった海面が、沖に出るにつれて鮮やかなコバルトブルーに変わっていく。 「……きれいだ」 ファインダーを覗くことさえ忘れて、悠真はその青さに見とれた。 「ちょっと、揺れるわね……」 藤沢琴音は、飛ばされないように麦わら帽子を押さえながら、少し不安そうにしている。 「大丈夫? 琴音ちゃん。酔い止め飲んだ?」 神楽坂葵が背中をさする。 「ええ、飲んだわ。……でも、この風は気持ちいいわね」 「僕にとっては、この紫外線量が恐怖だ……」 秋山陸斗は、長袖のパーカーのフードを目深に被り、完全防備で小さくなっている。 「陸斗くん、着いたらパラソルあるからね」 桜庭陽菜が苦笑しながらフォローした。陽菜の髪は潮風に遊ばれ、キラキラと光っている。

船を走らせること三十分。 断崖絶壁の岬を回り込むと、ふいに波が穏やかになった。 「お、着いたぞ! 俺たちの秘密基地だ!」 源蔵の声と共に、船が速度を落とす。 そこは、陸路からは決して辿り着けない、小さな入り江だった。 白い砂浜と、エメラルドグリーンに透き通る浅瀬。背後には鬱蒼とした緑が迫り、まるで無人島のような静寂に包まれている。

「うわぁ……!」 全員から感嘆の声が漏れた。 「すっごい! 日本じゃないみたい!」 葵が目を輝かせる。 「だろ? ここは親父の知り合いが管理してるプライベートビーチみたいなもんなんだ。今日は俺たちの貸切だぜ!」 健太が得意げに胸を張る。

船を浅瀬に係留し、六人は砂浜へと降り立った。 砂はパウダーのように細かく、足の指の間をサラサラと流れていく。 「よーし! 遊ぶぞー!」 健太がTシャツを脱ぎ捨てると、他のメンバーも上着を脱ぎ始めた。

「……どうかな?」 陽菜が、恥ずかしそうにパーカーを脱ぐ。 淡い水色のワンピースタイプの水着。フリルが風に揺れ、彼女の白い肌と、空の青さに溶け込むように似合っていた。 悠真は、ドキリとして視線を逸らしそうになったが、カメラマンとしての本能が勝った。 「……すごく、似合ってるよ。風景に負けないくらい綺麗だ」 「えっ、あ、ありがとう……」 陽菜が頬を染める。 その横で、葵はビタミンカラーのスポーティなビキニ、琴音は黒のシックなワンピースにパレオを巻いた姿を披露した。 「琴音、スタイル良すぎ……!」 葵が感嘆の声を上げる。琴音は「見ないでよ……」と赤面しながらも、日傘を広げて優雅に佇んだ。

「おーい! 先に入るぞ!」 健太は水泳用ゴーグルを装着すると、助走をつけて海に飛び込んだ。 ザブン! と大きな水柱が立つ。 しばらく姿が見えなくなり、みんなが心配し始めた頃、遥か沖の方でプハッ! と顔が出た。 「は、速い……!」 陸斗が驚愕する。 健太は再び潜ると、今度は海中を泳ぐ魚のように、滑らかに悠真たちの足元まで戻ってきた。 透明度の高い水の中、健太がしなやかに体をくねらせて泳ぐ姿が丸見えだ。 「どうだ! これが俺のドルフィンキックだ!」 顔を上げた健太の手には、赤く綺麗なヒトデが握られていた。 「すげぇ……本当のイルカみたいだ」 悠真が感心して言うと、健太はニカッと笑った。 「海の中は最高だぞ! 音が消えて、光のカーテンが揺れててさ。……ほら、悠真もカメラ置いて入れよ!」

その後は、時間を忘れて遊んだ。 浮き輪で波に揺られる陽菜と葵。 琴音は足だけ水に浸かり、貝殻を拾っている。 陸斗はパラソルの下でゲームをしているかと思いきや、いつの間にかヤドカリの観察に夢中になっている。 悠真は防水ケースに入れたカメラで、水面ギリギリのアングルからみんなの笑顔を撮り続けた。 水しぶき、弾ける笑顔、青い空。 どこを切り取っても、青春のポスターになりそうな瞬間ばかりだ。

「おーい! 腹減っただろ! メシにするぞー!」 砂浜の一角で炭火を起こしていた源蔵が声を上げた。 待ちに待ったバーベキューだ。 網の上には、健太の家から持ってきた新鮮な魚介類が並んでいる。 拳大のサザエ、肉厚のホタテ、そして脂の乗ったイカ。 醤油を垂らすと、ジュウゥッという音と共に、香ばしい磯の香りが立ち昇った。

「うまっ! 何これ、甘い!」 焼きたてのホタテを頬張った陽菜が、目を丸くして叫んだ。 「だろ? 獲れたてだからな!」 健太が焼き奉行としてトングを振るう。 「……これは、認めるしかないな」 陸斗もサザエのつぼ焼きを器用にほじくり出しながら、真剣な顔で言った。 「この味の解像度は、4Kモニターでも再現不可能だ」 「でしょ? 来てよかったでしょ、陸斗」 葵が冷えたサイダーを陸斗の頬に押し当てて笑う。

「はい、お父さん、焼きそばも焼けたよ!」 葵が手際よく鉄板(バーベキューコンロの横に設置されたもの)で焼きそばを作り、皿に盛っていく。さすが「かぐらや」の看板娘だ。 「ありがとう葵ちゃん! いやー、若い子たちと食う飯はうめぇなぁ!」 源蔵は豪快に笑い、ノンアルコールビールを煽った。

お腹がいっぱいになると、波音だけが響く静かな時間が訪れた。 太陽が傾き、海面が黄金色に輝き始めている。 六人は砂浜に一列に並んで座り、沈みゆく夕日を眺めた。

「……帰りたくないなぁ」 誰かがポツリと言った。 「うん。ずっとここにいたい」 陽菜が膝を抱えて同意する。 「でも、帰らなきゃいけないから、この時間が特別なんだよな」 悠真がファインダーを覗きながら言った。 夕日に照らされた五人の横顔。 楽しかった時間の余韻と、終わってしまう寂しさが入り混じった、なんとも言えない表情をしている。 カシャッ。 最後の一枚を撮り終え、悠真はカメラを下ろした。

「よし! 帰るぞ! 日が暮れると航路が見えなくなるからな!」 源蔵の号令で、撤収作業が始まった。 来た時よりも少しだけ日焼けした肌と、心いっぱいの思い出を抱えて、六人は再び船に乗り込んだ。

遠ざかる入り江。 船の引き波が、白い軌跡を描いて夕闇に消えていく。 「また来ような! 絶対!」 健太が叫ぶと、みんなが大きく頷いた。 風が髪を乱すが、もう誰も気にしない。 潮の匂いと、焼きそばのソースの匂い、そして友だちの笑い声。 悠真は、潮風に吹かれながら思った。 この夏は、きっと一生忘れられない夏になる。 心のセンサーに焼き付けた「青」は、決して色褪せることなく、いつまでも輝き続けるだろう。

港に着くと、街はもう夜の顔をしていた。 心地よい疲労感と共に、それぞれの家へと帰っていく背中。 夏休みはまだ始まったばかりだ。

(第16話へつづく)