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第13話:夏休みの計画、海と素潜り

地方都市のメロディ 〜桜舞う通学路〜

第13話:夏休みの計画、海と素潜り

期末テストという名の嵐が過ぎ去り、教室には気怠くも開放的な空気が充満していた。 七月半ば。窓の外では、蝉たちが命の限りを尽くして大合唱している。天井の扇風機がぬるい風をかき回すが、生徒たちの熱気は冷めることを知らない。なぜなら、もうすぐそこまで「夏休み」が迫っているからだ。

「――というわけでだ! 今年の夏は、俺の親父の船で海に行くぞ!」

昼休み。机を囲んでお弁当を広げていた五人の前に、購買の焼きそばパンを咥えた浜田健太が仁王立ちになり、高らかに宣言した。 「海って……海水浴?」 神楽坂葵が箸を止めて尋ねる。 「ただの海水浴じゃねぇ。親父の知り合いが管理してる、陸路じゃ行けない隠れ家的な入り江があるんだよ。そこまで船で連れてってやる!」 「へぇ、すごい! プライベートビーチってこと?」 桜庭陽菜が目を輝かせた。 「おうよ! 人も少ないし、水も透き通ってて最高だぜ。そこで泳いで、昼飯はバーベキューだ!」

「バーベキュー……」 その単語に反応したのは、携帯ゲーム機と睨めっこしていた秋山陸斗だ。 「待て健太。海ということは、砂と塩水と直射日光という、精密機器にとって最悪の環境じゃないか。僕はパスだ。冷房の効いた部屋でレベル上げをする予定が詰まっている」 「なんだよ陸斗、つれねぇなぁ! 海で食う焼きそばは、データじゃ味わえないぞ?」 「焼きそばなら『かぐらや』で食える」 陸斗の鉄壁のガードに、健太はニヤリと笑った。 「甘いな。今回のバーベキュー、メインは肉じゃねぇ。うちの店で仕入れた最高級のホタテとサザエ、それに親父が朝獲ったばかりの魚の刺身だ」 ピクリ、と陸斗の眉が動いた。 「……電源は?」 「ねぇよ。でも、キンキンに冷えた炭酸はある」 「……交渉成立だ」 陸斗は眼鏡をクイッと上げ、ゲーム機をポケットにしまった。食欲がインドア派の矜持に打ち勝った瞬間だった。

「琴音はどうする? 日焼けとか気にするか?」 健太が水を向けると、藤沢琴音は少し考え込んでから口を開いた。 「そうね……紫外線は敵だけど、そんな素敵な場所なら行ってみたいわ。帽子とラッシュガードで完全防備すれば大丈夫でしょう」 「よし! 女子メンバーも全員参加だな!」 健太がガッツポーズをする。

蒼井悠真は、そんな賑やかなやり取りを微笑ましく眺めながら、心の中でガッツポーズをしていた。 (海か……。絶好の撮影チャンスだ) 普段の街中の風景とは違う、青い海と空。そして、夏の日差しの中ではしゃぐ仲間たち。想像するだけで、シャッターを切りたい衝動に駆られる。

「健太くん、泳ぎ教えてくれる?」 陽菜が尋ねると、健太は「任せとけ!」と胸を叩いた。 「俺、今年は素潜りの記録伸ばしたいんだよなー。去年はちょっと失敗したけど、今年はもっと深くまで行ける気がする」 「素潜りって、あのボンベなしで潜るやつ?」 悠真が聞くと、健太は頷いた。 「そうそう。親父が釣りをしている間にさ、俺は潜って魚と一緒に泳ぐんだよ。水深5メートルくらいの世界はさ、音がなくて、光がゆらゆらしてて、マジで別世界なんだぜ」

その時の健太の表情は、普段のお調子者のそれとは少し違っていた。 真剣で、どこか遠くを見つめるような瞳。 魚屋の息子として育ち、幼い頃から海と親しんできた彼だけが知っている、青い世界の美しさ。 「すごいな……健太、カッコいいじゃん」 悠真が素直に感嘆すると、健太は急に照れくさそうに鼻の下を擦った。 「へへっ、まあな! お前らにも見せてやるよ、俺のイルカみたいな泳ぎをさ!」 「自分でイルカって言う……?」 葵がツッコミを入れるが、その顔は楽しそうだ。

「じゃあ、決まりね! 水着、新しいの買わなきゃ!」 葵が言うと、陽菜と琴音も顔を見合わせた。 「私も、去年の小さくなってるかも」 「私もだわ。今度の日曜日、みんなで買いに行かない?」 「行く行く!」 女子たちの話題は、早くもショッピングへと移行している。 「どんなのがいいかなぁ。悠真くんは、どんな水着が好き?」 陽菜に不意に話を振られ、悠真はドギマギした。 「えっ、お、俺!? いや、その……にあ、似合ってれば何でもいいと思うけど……」 しどろもどろになる悠真を見て、琴音が小さく笑い、陸斗が「テンプレートな回答だ」とボソッと呟く。

「よーし、じゃあ日程は夏休み入ってすぐの土曜日な! 親父にも言っとくから!」 健太が締めくくり、昼休みの予鈴が鳴った。

お弁当箱を片付けながら、悠真は窓の外を見上げた。 入道雲が、もくもくと高さを増している。 この街に来てから、二度目の夏。 去年よりも深く、濃い思い出ができそうな予感がした。 健太の素潜り、女子たちの水着姿、そして海辺でのバーベキュー。 そのすべてを、余すことなく「心のセンサー」に焼き付けよう。そう決意しながら、悠真は午後の授業の準備を始めた。

放課後、悠真は一人で屋上への階段を登った。 鍵のかかったドアの小窓から、外の景色を眺めるのが好きだった。 遠くに見える稜線の向こうに、まだ見ぬ海がある。 (海、か……) カメラを構えるシミュレーションをする。 光の反射、水しぶきの軌跡、そして――。 脳裏に浮かんだのは、波打ち際で笑う陽菜の姿だった。 「……楽しみだな」 誰に聞かれるわけでもなく、小さく呟いた言葉は、熱気を帯びた風に溶けていった。 夏休みまで、あと少し。 地方都市の日常が、青色に染まる季節がやってくる。

(第14話へつづく)