YMO世代の気持ち

YMOファンメーリングリストの管理者が思ったことを書いていきます。

第10話:真夏の夜の肝試し

地方都市のメロディ 〜桜舞う通学路〜

第10話:真夏の夜の肝試し

夜の帳が下りても、まとわりつくような熱気は引いていなかった。 草むらからは、ジージーという虫の声が絶え間なく響き、闇の深さを際立たせている。 昼間は爽やかなハイキングコースだった「緑ヶ丘の森」は、太陽が沈むとその表情を一変させていた。鬱蒼と茂る木々は巨大な黒い影となり、風が吹くたびにザワザワと不穏な音を立てる。

「……ねえ、本当にやるの?」 登山口にある神社の鳥居の前で、神楽坂葵が情けない声を上げた。いつもの元気印はどこへやら、彼女は藤沢琴音の腕にギュッとしがみついている。 「今更何を言ってるのよ。言い出したのは葵でしょう?」 琴音は冷静を装って眼鏡の位置を直すが、その声は微かに上擦っていた。懐中電灯を持つ手が小刻みに震えているのを、蒼井悠真は見逃さなかった。

今夜は、幼なじみグループ全員での「肝試し」だ。 発端は、秋山陸斗が部室で披露した怪談話だった。 「いいか、みんな。この緑ヶ丘の裏手には、かつて『幽霊教習所』と呼ばれた廃墟があったという噂がある……」 陸斗は懐中電灯を下から顔に当て、おどろおどろしい口調で語り始めた。 「僕が愛聴しているYouTubeチャンネル『オカルトウォーカー』の最新回でも取り上げられていたんだが、この辺りには『お笑い怪獣』と呼ばれる謎のUMAが出没するらしい。笑いながら近づいてきて、人の魂を抜くんだとか……」

「くだらないわね。そんな非科学的なこと」 琴音がバッサリ切り捨てようとしたが、陸斗はニヤリと笑った。 「そう言うなら、確かめに行こうじゃないか。科学とは検証の積み重ねだ」 それに浜田健太が「面白そうじゃん! 行こうぜ!」と乗っかり、結局全員で来ることになってしまったのだ。

「じゃあ、くじ引きでペアを決めるぞー」 健太が割り箸で作ったくじを差し出す。 「うう……頼むから健太か悠真と一緒がいい……」 葵が祈るようにくじを引く。 結果は――。

第一ペア:浜田健太 & 秋山陸斗 第二ペア:神楽坂葵 & 藤沢琴音 第三ペア:蒼井悠真 & 桜庭陽菜

「なんでよー!! 女子だけなんて無理ー!!」 葵の悲鳴が夜の森に響いた。 「う、うるさいわね葵。私がついてるから大丈夫よ(多分)」 琴音も青ざめた顔で自分に言い聞かせている。

まずは男子ペアが出発し、十分後に女子ペアが悲鳴を上げながら出発していった。 そして、最後は悠真と陽菜の番だ。

「……行こっか、陽菜」 「う、うん」 悠真が懐中電灯を点灯させ、鳥居をくぐる。 一歩足を踏み入れると、ひんやりとした冷気が足元を包んだ。土の匂いと、朽ちた葉の発酵した匂いが鼻をつく。昼間の「新緑の香り」とは違う、濃厚で生々しい森の匂いだ。

二人は砂利道の参道をゆっくりと歩いた。 『カサッ……』 何かが草むらを駆ける音がして、陽菜が「ひっ!」と小さく息を呑んだ。 「大丈夫、たぶんタヌキか何かだよ」 悠真は努めて明るく言ったが、暗闇の中では自分の心臓の音まで聞こえてきそうだ。 陽菜は悠真のシャツの袖をギュッと掴んでいる。その手の震えが伝わってきて、悠真は彼女を守らなければという使命感と、至近距離にいる緊張感で妙に喉が渇いた。

「悠真くん、暗いね……」 「うん。足元気をつけて」 懐中電灯の丸い光だけが頼りだ。光の先には、闇に浮かび上がる木の幹や、奇妙な形に伸びた枝が見える。それらが時折、人の形に見えてドキリとする。 「ねえ、陸斗くんが言ってた『お笑い怪獣』って……本当に出るのかな」 陽菜が怯えた声で囁く。 「まさか。陸斗の話半分だよ。あいつ、オカルトウォーカーの話になると早口になるから」 「だよね……。あはは、私ったら」 陽菜は笑おうとしたが、その表情は引きつっている。 彼女の手が、袖から滑り落ちて、悠真の手に触れた。 冷たくて、小さな手。 悠真は迷わず、その手を握り返した。 「!」 陽菜が顔を上げる気配がした。 「……はぐれると危ないから」 悠真が前を向いたまま言うと、陽菜の手が、ぎゅっと握り返してきた。 「……うん。ありがとう」 二人の掌を通して、互いの体温が伝わり合う。 恐怖で冷たくなっていた指先が、じんわりと熱を帯びていく。 暗闇と恐怖は、時に人の心の防壁を容易く取り払ってしまう。 今、この世界には二人きりしかいないような、そんな錯覚に陥る。 虫の声も、風の音も、二人の鼓動のBGMに変わっていく。

しばらく歩くと、折り返し地点である古い祠(ほこら)が見えてきた。 先に到着しているはずの二組の姿がない。 「あれ? みんなは?」 悠真が懐中電灯を周囲に向ける。 その時だった。

『……フフフ……』

祠の裏から、不気味な笑い声が聞こえた。 「え……?」 陽菜が凍りつく。 「嘘……陸斗くんの言ってた、お笑い怪獣……!?」

『アハハハハ……!』

笑い声は大きくなり、祠の影から、白い人影がゆらりと現れた。 長い髪、白い服。そして、顔の部分が白く光っている。

「きゃああああああ!!」 陽菜が悲鳴を上げ、悠真に抱きついた。 悠真も腰が抜けそうになりながらも、陽菜を庇うように前に出る。 「だ、誰だ!!」 悠真が必死に懐中電灯を向けると、その光の中に浮かび上がったのは――。

スマホのライトを下から顔に当て、ニヤリと笑う佐伯結衣だった。

「……こんばんは、迷える子羊ちゃんたち」 「「えええええええ!?」」

悠真と陽菜の声が重なった。 「ゆ、結衣先輩!?」 「な、何やってるんですかこんなところで!」 結衣はスマホのライトを消し、ケラケラと笑った。 「いやー、塾の帰りに涼もうと思ってここに来たらさ、あんたたちが肝試しやるって話してるのが聞こえたから。ちょっと驚かせてやろうと思って」 祠の裏からは、先に到着して腰を抜かしていた健太、陸斗、葵、琴音の四人が、恨めしそうな顔でぞろぞろと出てきた。 「マジでビビった……心臓止まるかと思ったぞ……」 健太が胸を押さえている。 「科学的にありえない発光体だった……」 陸斗が眼鏡を拭きながらブツブツ言っている。 葵と琴音は互いに抱き合ったまま、まだ涙目だ。

「まったく、人騒がせな先輩ですよ……」 悠真がため息をつくと、結衣は悪びれもせずに言った。 「青春ねぇ。……で? いつまで手ぇ繋いでんの?」 結衣の視線が、二人の手元に向けられる。 「えっ?」 悠真と陽菜は、自分たちがまだしっかりと手を握り合い、しかも陽菜が悠真の胸に顔を埋めている体勢であることに気づいた。 「わっ、ご、ごめん!」 「ごご、ごめんなさい!」 二人は弾かれたように離れた。 手には、まだ互いの汗と熱がはっきりと残っている。 暗闇でよかった。そうでなければ、二人の顔が熟れたトマトのように真っ赤になっているのがバレてしまっただろう。

「あーあ、面白いもん見せてもらった。お礼にジュースでも奢ってあげるわよ」 結衣は先頭に立って歩き出した。 「ほら、帰るわよ! お化けより怖い受験勉強が待ってるんだから」

帰り道、六人と一人は、賑やかに山を下りていった。 行きとは違い、もう誰も怖がっていない。 健太と陸斗が結衣に文句を言い、葵と琴音が安堵して笑い合っている。 最後尾を歩く悠真と陽菜の間には、少し気まずいような、でも甘酸っぱい沈黙が流れていた。

ふと、陽菜が空を見上げた。 「……悠真くん、見て」 悠真も見上げる。 森を抜けた頭上には、木々の合間から、降るような満天の星空が広がっていた。 「綺麗だね……」 「ああ、すごいな」 二人は立ち止まり、しばらくその星空を見つめた。 恐怖を乗り越えた後の高揚感と、手のひらに残る温もり。そして、頭上に広がる無限の宇宙。 それは、中学二年生の夏にしか味わえない、特別な夜の味がした。

「置いてくぞー!」 前方から健太の声が聞こえる。 「行こう」 「うん」 二人は顔を見合わせて笑い、仲間たちの待つ光の方へと駆け出した。

(第11話へつづく)