YMO世代の気持ち

YMOファンメーリングリストの管理者が思ったことを書いていきます。

第8話:衣替えの季節、夏服の風と琴音の魅力

地方都市のメロディ 〜桜舞う通学路〜

第8話:衣替えの季節、夏服の風と琴音の魅力

六月に入ると、風の中に混じる匂いが変わった。 若葉の柔らかい香りから、湿り気を帯びた土の匂い、そして太陽に熱されたアスファルトの匂いへ。 まだ梅雨入り前の晴れ間。カレンダーの日付が変わると同時に、学校中が一斉に白く染まった。 衣替えだ。

「うっわー、眩しい! 目がチカチカするぜ」 教室に入ってきた浜田健太が、わざとらしく手で目を覆った。 「何言ってるのよ。健太こそ、その日焼けした肌に白いシャツが浮いてて、余計に黒く見えるわよ」 神楽坂葵が笑いながら突っ込む。 教室の中は、冬服の重たい紺色から一転、生徒たちの白いワイシャツとブラウスが朝の光を反射し、輝くような明るさに満ちていた。 窓が開け放たれ、初夏の風がカーテンを大きく膨らませる。遠くからは、気の早い蝉の声が一つ二つ、予行練習のように聞こえ始めていた。

「おはよう、みんな」 蒼井悠真が自分の席に鞄を置いた。夏服に着替えた彼は、少し大人びて見えると桜庭陽菜は思った。袖を捲り上げた腕のラインが、少年から青年へと変化しつつあることを感じさせる。 「おはよう、悠真くん。……夏だねぇ」 「ああ。急に季節が進んだ感じがするな」

放課後になると、その季節感はさらに加速した。 グラウンドでは運動部の掛け声が熱を帯び、プールからは水しぶきの音とホイッスルの音が響いてくる。水泳部の活動がいよいよ本格化したのだ。 「健太のやつ、水を得た魚どころか、魚雷みたいに泳いでたな」 窓からプールを見下ろしていた秋山陸斗が、珍しく感心したように呟いた。 「本当だ。あんなに速かったんだね」 陽菜も隣でプールを覗き込む。

「あら、みんなまだ残ってたの?」 教室の前の扉が開き、藤沢琴音が入ってきた。 その瞬間、陸斗が持っていた携帯ゲーム機を取り落としそうになり、悠真も思わず視線を止めた。

琴音は、日直の仕事で学級日誌を職員室に届けに行っていたようだ。 冬の間はブレザーの下に厚手のセーターを着込み、きっちりとした着こなしで「真面目な優等生」というシルエットを守っていた彼女。 しかし、今は薄手の夏用ブラウス一枚だ。 少し汗ばむ陽気のせいか、彼女は「暑いわね」とパタパタと手で顔を扇ぎながら、教卓の前まで歩いてきた。 清楚な白いブラウスは、思いのほか生地が薄く、彼女の身体のラインを柔らかく、しかしはっきりと拾っていた。 引き締まったウエストから、緩やかな曲線を描く胸元のライン。普段の堅いイメージからは想像もつかないほど、彼女のスタイルは抜群だった。 しかも本人は、全くそのことに無自覚だ。

「……ど、どうしたの? みんな、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」 琴音は不思議そうに首を傾げた。その拍子に、豊かな胸元がふわりと揺れる。 「っ! ……いや、なんでもねーよ!」 陸斗が慌てて顔を背け、ゲーム画面に視線を戻したが、耳が真っ赤だ。 悠真も、どこを見ていいのかわからず、無意味に黒板の日付を見つめた。 (藤沢さんって……あんなにスタイル良かったっけ……?) 男子生徒特有の、健全ゆえの狼狽が教室の空気を微妙に揺らす。

「琴音、お疲れ様。日誌出してきてくれたんだ」 そんな男子たちの動揺など露知らず、葵が琴音に駆け寄った。 「ええ。職員室、冷房が効きすぎてて寒いくらいだったわ」 「いいなぁ。教室は蒸し風呂だよー。……あ、琴音、ブラウスの第二ボタン、かけ違えてない?」 「えっ?」 琴音が慌てて胸元を見ると、確かにボタンが一つズレており、そのせいで襟元が通常よりも大きく開いて、白い鎖骨が露わになっていた。 「い、いつの間に!? 体育の着替えの時かしら……!」 琴音は真っ赤になって、背中を向けて慌ててボタンを直し始めた。 「もう、琴音ったら。たまにドジなんだから」 陽菜がくすくすと笑う。 「うう……忘れて。今の、記憶から消去して!」 振り返った琴音は、羞恥心で潤んだ瞳で眼鏡をクイッと押し上げた。その仕草と、整ったプロポーションのギャップが、かえって破壊力を増していることに、本人は気づいていない。

「……記憶媒体への上書きは不可能だ」 陸斗がボソリと呟く。 「何よそれ!」 琴音が頬を膨らませると、教室に笑いが弾けた。 悠真もつられて笑いながら、ファインダー越しではない、肉眼で見るクラスメイトたちの姿を眩しく感じていた。 冬の厚いコートを脱ぎ捨てて、みんな少しずつ、心も身体も開放的になっていく。

「さあ、そろそろ行こうぜ! かぐらやでかき氷始めたってよ!」 部活を終えた健太が、髪を濡らしたまま教室に飛び込んできた。塩素と夏の匂いを連れて。 「え、本当!? 行く行く!」 葵が目を輝かせる。 「ちょっと健太、廊下走らないでよ。水滴垂れてるし」 琴音がすかさず注意するが、その表情はもういつもの真面目な委員長に戻っていた。……いや、ブラウス越しのシルエットを一度意識してしまった男子たちにとっては、もう以前のようには見れないかもしれないが。

六人は鞄を持って教室を出た。 廊下の窓から差し込む西日は、夏の色をしていた。 風が吹き抜け、琴音のスカートと、陽菜の髪を揺らす。 「ねえ、今年の夏はさ、みんなで海とか行きたいね」 歩きながら、ふと陽菜が言った。 「いいね! 賛成!」 葵が即答し、健太が「任せとけ! 親父の船出してやるよ!」と胸を張る。 「海か……日焼け対策が大変そうね」 琴音は困ったように眉を下げたが、その声色は決して嫌そうではなかった。

階段を降りる足音が、軽やかに響く。 桜の季節が終わり、新緑の季節が過ぎ、いよいよ眩しい季節がやってくる。 少年たちの胸の高鳴りと、少女たちの変化。 その予感が、夏服の白さに溶け込んでいた。

(第9話へつづく)