『バグ・フィックス・マエストロ』 前編
午前二時の作業部屋には、冷却ファンの低い唸り声だけが響いている。 私は充血した目をこすりながら、モニターの中の「彼」に毒づいた。
「おい、ジェネ。どうしてそこで変数をハードコーディングするんだ。拡張性を考えろと言っただろう」
画面上のカーソルが、目にも止まらぬ速さで明滅する。私の相棒であり、悩みの種でもある生成AI――通称『ジェネ』が、テキストボックスに瞬時に返答を吐き出した。
『申し訳ありません。ご指摘の点を修正し、定数として定義し直します』
コンマ数秒後には、修正されたコードが画面を埋め尽くしていた。 速い。圧倒的に速い。 だが、そのコードをスクロールして眺めた私は、深い溜息をついた。 確かに変数は修正されている。だが、全体の構造がまるでツギハギだ。先ほど私が指摘した別の箇所のロジックと噛み合っておらず、これでは後で必ずバグを生む。 ジェネは、まるでテストの答えをカンニングして点数だけを合わせようとする、出来の悪い学生のようだった。あるいは、とにかく手を動かして「頑張っていますアピール」をする、体力だけが取り柄の新人社員か。
「違うんだよ、ジェネ。動けばいいってもんじゃない。お前には『美学』がないのか」 『美学というパラメータは現在の設定に含まれていません。具体的な実装要件を指示してください』
私は舌打ちをして、キーボードに手を伸ばした。 かつて私は、仕様書片手に口だけ出してくるシステムエンジニア(SE)や、現場を知らない管理職を毛嫌いしていた。「俺は現場の職人だ。コードで語らせろ」と、技術者としての誇りを持っていた。 それがどうだ。今、私はこの暴走気味の「新人」の手綱を握り、口うるさい指導係のようなことばかり言っている。 プログラマーは結局、時代が進めば、より高度な道具のオペレーターに成り下がるのか。 自分の存在意義が揺らぐ感覚。それを振り払うように、私は苦いコーヒーを喉に流し込んだ。
ふと、ジェネの「とりあえず書いてみて、エラーが出たら直せばいい」というせっかちな挙動が、私の記憶の底にある、錆びついた扉を叩いた。 ……そういえば、私の周りには昔から「深く考えない連中」ばかりだった。
三十数年前。 私が生まれ育った家は、常に湿った空気に支配されていた。 両親に学はなく、頭の中は古いOS(基本ソフト)のままアップデートが止まっていた。彼らの論理回路は単純だ。「長男は親の面倒を見るもの」「大学など金持ちの道楽」「高校を出たらすぐに働け」。 そこには、私の希望や適性といった変数が入り込む余地はなかった。 まるでバグだらけの初期設定(デフォルト・コンフィグ)を強制されているような息苦しさ。 私はそれに抗う術を持たず、地域の工業高校へと進学させられた。
その高校は、控えめに言っても最悪の環境だった。 校舎は常に油と埃の匂いがした。教師たちは、生徒を「未来の技術者」ではなく、「工場のラインを埋めるための部品」として扱っていた。 「お前たち、とにかく言われた通りにやれ。優秀な奴ほど、地元のあの工場に行けるんだぞ」 それが担任の口癖だった。 情報処理の授業もあったが、教師自身がパソコンの電源の入れ方すら怪しい始末だ。教科書を棒読みするだけの授業中、私は教科書の裏に隠した『I/O』や『ベーマガ』といったパソコン雑誌を貪るように読んでいた。
家に帰れば「あれはダメ、これもダメ」と束縛され、学校に行けば「部品になれ」と洗脳される。 そんな私にとって、唯一の逃げ場所(サンクチュアリ)は、アルバイトをして手に入れた中古の8bitパソコンだけだった。 PC-8801の武骨なキーボードを叩く時だけ、私は自由だった。 そこには理不尽な教師も、頑固な親もいない。 わずか64KBのメモリ空間。だが、そこは私が神になれる宇宙だった。 プログラムは嘘をつかない。論理が正しければ動き、間違っていればエラーを吐く。親の機嫌や教師の贔屓といった、不確定な要素(ノイズ)が一切ない、公平で美しい世界。 私は夜な夜な、ドット単位でキャラクターを描き、アセンブリ言語で処理速度を削り出すことに没頭した。 現実世界の解像度が低ければ低いほど、モニターの中の世界は鮮やかに輝いて見えた。
高校三年生になった頃、私はある結論(出力)に達していた。 ――このままここに居ては、ダメになる。 学校の成績は良かった。教師たちは「お前なら一番いい就職先を斡旋してやる」と言ってくれた。だが、彼らが勧めるのは、私が全く興味のない、油まみれの機械を作る工場のライン工だった。 そこに就職すれば、一生この田舎で、親の言うことを聞く「良い長男」として生きることになる。 それは、私の人生というプログラムが、無限ループ(ハングアップ)することを意味していた。
脱出ルート(バックドア)が必要だ。 私は必死に情報を探した。そして、あるパソコン雑誌の広告の隅に、運命の一行を見つけたのだ。
『学歴不問。実力至上主義。(株)フロンティア・システム・ラボ 特設研修センター生募集』
それは学校法人の専門学校ではない。新進気鋭のソフトウェア会社が、即戦力を青田買いするために設立した、独自の養成機関だった。 噂によれば、そこはシリコンバレーの流儀を取り入れた「虎の穴」で、入所試験をパスすれば、高卒の資格などなくともプログラマーとして採用される道が開けるという。 条件はただ一つ。「入所課題のプログラムを作成し、提出すること」。
電流が走ったような気がした。 親には内緒で資料を取り寄せた。課題は、当時の市販ソフト顔負けの高度なアルゴリズムを要求するものだった。 燃えた。 学校の退屈な授業中、私はノートに鉛筆でコードを書き殴った。 教師の声はもはや環境音(BGM)に過ぎない。私の脳内CPUはフル回転し、メモリの1バイトを削るためのトリックをひねり出していた。 それは、ただの受験勉強ではない。自分の人生をハッキングするための、最初で最大のプロジェクトだった。
夏休みが明ける頃、私の手元には一枚の封筒が届いていた。 『合格通知』。 その紙切れは、私にとって卒業証書よりも重く、そして価値のある「鍵」だった。
翌日、私は退学届を鞄に入れ、職員室に向かった。 心臓が高鳴っていた。恐怖ではない。これから実行する「システム・クラッシュ」への興奮で震えていたのだ。
(後編へ続く)